彼の一手に「ほう」と声を出すと、増家は「もうあの頃のおれじゃあねえんだ」と得意げに口角を上げた。「でもね」と僕は返す。「僕はあの頃のままなんだ」と駒を動かすと、増家は「うわそう来たか」と苦笑した。「しかしこれで怯むほど成長してないと思うなよ」と言って駒を動かすが、それで隙が広がった。「言ったろう」と僕は笑い返す。「僕はあの頃のままなんだ」

 こつこつと木製のもの同士が触れる音の合間に珈琲を啜る音を入れ、さらにその合間にスティック状のチョコレートをかじって、対局は進む。

 ――「チェックメイト」。僕が言うと、増家は「すごい」と呟いた。

 「改めて言おう。僕はあの頃のままなんだ」

 「ほう」と増家は口角を上げる。「なるほどね、『僕はもう充分に自信を持っていますよ』と」

 「そう聞こえた?」

 「まあな」

 「確かに、君とのチェスには自信があるかもしれない」

 「お前にとっての『君』が、果たしてどれだけいることやら」

 僕がふっと笑うと、増家は「なによりだよ」と静かに言った。