呼び鈴に玄関を開けると、増家は「よう」と右手を上げた。「いつものチョコ買ってきたぜ」と笑みを見せるその手には、いつもよりも少し大きな袋がある。

 増家を中に入れ、「選んで待ってて」と告げる。僕はリビングに入り、そのままキッチンに進んだ。ずらりと並ぶ珈琲豆の瓶から適当なものを選び、作業台に置く。ケトルに湯を沸かし、ドリップサーバーやカップを温める。その間に、ハンドルと呼ばれる道具にネルと呼ばれる布を装着する。サーバーが温まったのを確認し、ネルをセットして、適当な粗さに挽いた豆を入れる。ネルを軽く揺すって豆をならし、そっと湯を注ぐ。少しして、ぽたぽたと珈琲が落ちてくる。蒸らしを終えると、再び湯を注ぐ。ネルの中心から泡が湧いてくる。ネルに触れないように、その泡の周りに一周、「の」を描くように湯を注ぐ。五回ほどに分けて湯を注ぎ、抽出が済んだ珈琲を軽くスプーンで混ぜ、温めたカップに注ぐ。道具を洗い、カップをソーサーに載せてキッチンを離れる。

 遊戯部屋に入ると、増家は「いい匂い」と表情を和らげた。「岸根って中学の頃から本当に完璧だよな」と言う彼へ、僕は「嫌味かな」と返す。

 「なんてひねくれた男だ。もっと自信持てばいいのに」

 「なにに対して自信を持てばいい」サイドテーブルにカップを置きながら言った。「僕には別段優れた部分などないよ」

 うわあ、と増家は目元を覆う。「腹立つねえ」と語尾を伸ばして手を下ろす。「妬ましいったらありゃしない」

 「僕からすれば、君の方がうんと羨ましいよ」

 僕は空いた椅子に腰掛けた。

 「なんで」

 「なんでだろうね」と返すと、「てめえ倒すぞ」と増家は即座に苦笑を返してきた。「さあ始めようか」と僕が言うと、彼は「はいはい」と呟いた。