ひまわりと水色の扇子を模した練り切りを、皿に盛って黒文字を載せる。茶碗と皿を手にキッチンを出る。

 和室に入り、手元の品を足元に置いて縁側に腰を下ろす。ブナがよく見える。鼓動が心地よく響く。

 僕は練り切りを一口、口に入れた。頭上で風鈴が夏の風に涼しい音を鳴らす。ブナを眺めながら、茶菓子を食べて茶を飲む。季節問わず、僕はこの瞬間に幸福感を見出す。夏は青々とした葉の帽子を被り、冬には帽子を脱いで雪のコートを纏う。風鈴が響かせる夏の音に応えるように、ブナが葉を揺らす。ああ、美しい。――僕は、樹が好きだ――。


 時計の針は十三時過ぎを示している。縁側で、立てた左脚にノートパソコンを載せてキーを打つ。時折水を飲みながら画面に文字を並べ、画面を伏せる。次には携帯電話を手に取り、慣れた操作をしていく。日課のようなものだ。

 携帯電話の操作も終えると、画面はある人物からの着信を知らせた。「増家(ますいえ)」。中学生の頃の同級生だ。僕が人生で初めて、チェスの対局をした相手でもある。中学校卒業後は連絡を取ることもぱたりとなくなったが、二年ほど前から再び連絡を取るようになった。使っている携帯電話は中学生の頃とは違うが、電話番号やメールアドレスを中心とする基本情報はそのまま引き継ぐというのを繰り返していたら、同じようにしていた増家から連絡がきたのだ。僕は「対応」に触れて携帯電話を耳に当てた。「元気か」と言う彼の声に、「かなり」と返す。

 「どうしたの」

 「久しぶりに対局の申し込みでもしようかなと思ってよ」

 「そう。いつ?」

 「お前の予定は?」

 「ないよ、そんなもの」

 「『気の向くまま』、な。じゃあこれからなんてどうだ?」

 「これから?」

 「嫌か」

 「そんなことはないけど。珍しいなと思って。いつも一日は空けるから」

 「お前もおれに会えない日が続くと寂しかろうと思ってな。おれの優しさだ」

 「含みのある言い方をするんじゃないよ。僕と君は、互いにただの暇つぶし相手だ」

 「しかしお前は釣れないなあ。友達ってくらい言ってくれてもいいじゃねえか。一回も名前で呼んでくれたこともねえし」

 「じゃあ待ってるから」と返すと、増家は「この野郎」と苦笑して「そんじゃ後で」と電話を切った。