「今日の飲み物は?」わたしが言った。

 「梅」と言って、わたしがほうと返そうとした直後、「にしようと思ったんだけど」と彼は続けた。「スポーツドリンクにしてみた」

 「夏だから?」と返すと、彼は「夏だから」と笑って頷いた。「糖分補給も兼ねてね」と続ける。

 彼が、石を斜めに一列、水色に返して対局は終わった。「負けた」とわたしは苦笑する。「ぎりぎりだったよ」と彼も同じように笑う。

 「いやあ、中盤もったいないことしたなあ。周り囲まれたくなくて置いてたら角行かれちゃった。せっかく角に置けるように進めてたのに」残念ですと苦笑して、わたしはグラスのココアを含んだ。優しい甘さが心地よく口内に広がる。

 「なんかわたしって、いっつもこうなんですよね。これからのためにいろいろと計画的に進めてきても、結局それがおじゃんになっちゃう」

 「今までにも似た経験が?」彼は穏やかに言うと、スポーツドリンクを含んだ。

 「ええ」まさに現状が、とわたしは苦笑する。「というのも、わたし、高校はそれなりのところに行ったんです、中の上――甘く言えば上の下くらいの。まあ、ちょっと背伸びした結果なので、合格はぎりぎりだったかもしれないんですけど。高校では、中学の頃と同じ部活に熱中して、それをずっと続けて行こうと思ったのですが、二年生の秋、果たしてそれでいいのかと考えました。結果、自分というものを見失い、平凡な大学の文系学部に進んだんです」ふふっと苦笑を挟む。「それまで、せっかく続けてきたのに、特別な理由があったわけでもなく辞めちゃって。なんか、もったいないなって」

 「……もったいない、ですか」

 「もったいなくありません?」

 「僕はそうは思いません。当時の君は、その部活動を楽しんでいたんでしょう?」

 「ええ、まあ……」

 「それなら、無駄ではないと思いますよ。当時の君が楽しかったのなら、部活動に励んでいた時間の価値に、それほど相当なものはないと思います」

 「……そうですかね。でも、結局今はなににも活きてないんですよ」

 「君は、今のこの瞬間に意味を求めますか。僕とリバーシをして、ココアを飲むこの時間です」

 「……言われてみれば、そうですね。わたしはなにを求めて、ここにいるのでしょう……」

 「楽しさを求めているのではないですか。君は先日の連絡で、今は学校の夏季休暇だとおっしゃっていました。時間を持て余している故、リバーシの相手をしてくれないかという旨の文章でした。――君は数年後、今日の出来事を鮮明に記憶していると思いますか?」

 「……いえ」

 「それで、今日のこの時間が無駄であると、その数年後の君は考えるでしょうか」

 「考えないと思います」と答えると、彼は「そうですね」と微笑んだ。