呼び鈴を鳴らすと、少しして彼が出てきた。「やあ」と笑みを見せる彼に、同じように返してみる。彼は「上がって」と言って中に戻っていく。わたしは「おじゃまします」と後に続く。

 「あの……」わたしが言うと、彼は「なあに?」と返してくる。「あの庭の木って、なんの木なんですか?」

 「ブナ」

 「ブナ」名前は聞いたことがある、という程度の木だった。「好きなんですか?」

 「ええ」彼は落ち着いた声を返す。「とっても」と続けたその声も、また落ち着いていた。

 彼は一昨日と同じ扉を開け、中に入ると「なに飲む?」と問うてきた。「ココア」と返して、自分はココアが好きなのかもしれないと思った。彼は「了解です」と言って、「好きなもの、わかるじゃない」と笑みを続けた。どきりとして黙っていると、彼はなにを続けるでもなく部屋を出て行った。

 二つのグラスを手に戻ってくると、彼は「どの盤にする?」と壁を見た。「拘りはなくとも、なにか気になるものとかないの?」

 「……わからない」

 「そう。じゃあ、一昨日と同じでいいかな」

 「……はい。それ、ちょっと気に入ったかもしれません。透明のリバーシなんて、初めて見たから」

 「夏らしいでしょう。初めは特になにも考えずに買ったんだけど、今は夏らしいからと、この季節によく使うんだ」

 「へえ。なんか素敵ですね」

 「季節感、というのは、なんとなく大切にしたいと思っていてね」

 「シャレオツうっ」

 彼は、テーブルの上に盤と石の入れ物を置くと、椅子に腰掛けた。わたしも「失礼します」と言って彼の前の椅子に腰掛ける。