ソファには、黒の厚手なパーカーと、紺色の肩紐がついた灰色の学生鞄が放られている。昨日までとは違うその男は、三枚目の石を黒に返した。彼との対局は今回で二度目だ。前回はオセロ盤の中央付近にいくつか白を残して、僕が勝った。

 「岸根は好きな女子とかいないの?」

 「……どうして?」

 「なんとなく。女子らが言ってたんだよ。『岸根君ってなんで誰からの告白も断るんだろう』って。そんなに告白されてんのか?」

 「別に」

 僕は右上の角に石を置き、「うわまじか」という苦笑を聞きながら縦と横の黒をすべて白に返した。

 「……たまにされるくらいだよ」

 「なんで断るわけ?」

 「……相手に対してそういう気がないから――じゃあ、理由にならないかな」

 「ふうん。まあ別にいいんだけどさ。最近、女子がそう喋ってんの聞くからさ。なんかかわいそうっつうか、ちょっとそう思えちゃって」

 「……そう」

 「いや、岸根のせいとか、岸根が悪いとか言いたいんじゃなくて」

 「別に、なにも思ってない」

 男はふっと笑った。「縦と横をひっくり返されても、まだ斜めは生きてるんだ」と言って、左下の角に石を置いて斜めに六枚の石を黒く染めた。

 「ていうか、お前知らねえの? 結構自分がモテてるって」

 どきりとした。ああ、そうだ。僕はなにも知らない。皆が当然に知っていることを、知らない。皆にとっての常識を、僕は知らない。