玄関を施錠し、鍵をティーシャツの中に入れる。

 三冊の本とともに、いつもの席に着いた。前にはまた、文庫本を載せた手を認め、わたしは文庫本の題名を確認した。「散歩道」。著者の名前には見覚えがあった。いつか大層な賞を取った作家だ。彼女の作品を読んだことはないが、なにやら結構な作家らしい。彼女の作品が受賞した頃、インターネットで彼女について調べてみたが、読者からの評価も審査員の評価もよかった。

 ふと視線を上げると、昨日の彼と目が合った。名前はナオと言っていた。「やあ」と言う彼へ、「どうも」と返す。

 「まさかここで話ができるとはね」

 「はい?」

 「ううん」と、彼は柔らかく微笑んで首を振る。

 「それ、おもしろいですか?」わたしは言った。

 「ええ、とっても」

 「どんな話なんです?」

 「散歩が好きな主人公が散歩してる話です」

 「……おもしろいんですか?」

 「ええ、とっても。特別というわけでもない散歩をこんな風に書けるのは、きっとこの人だけですよ」

 「そんなにすごい人なんですか?」

 「周りが評価するのも納得できるほどです」

 「へえ……」

 「僕も、なにが違うんだろうって思ってたんですがね」確かに違いましたと彼は笑う。「なにかが違うんです。言葉遣いにも物語の展開にも、特別なものはないんですが、なんだか読んでいられるんです」

 「へえ。不思議な魅力、ってやつですかね」

 「そうかもしれません。本当に不思議です」

 不思議な魅力。その正体はなんだろうと考える。視線を感じて目をやれば、彼は穏やかに微笑んだ。

 「そうだ。また、近いうちにリバーシやりません? 空いてる日、あります?」

 「いつでも空いてますよ。あれからなんの連絡もありません。君が連絡をくれたとき、これからちらちらと続くかなと期待したのですが……」そんなことはありませんでした、と彼は苦笑する。「なので、いつでも」

 「そうですか……。じゃあ、また明日とか?」

 「もちろんです。何時頃にします?」

 「昨日と同じくらいかな」

 「いいですね、そうしましょう」

 よろしくお願いしますと返すと、彼はこちらこそと穏やかな声を返した。