最後、彼は二枚の石を青に返した。このリバーシセットでは、石の青い面が黒、水色の面が白といった扱いなのだ。ともにふうと息をつき、サイドテーブルに置かれたグラスに手を付ける。
「いやあ、お疲れ様です」
「お疲れ様です。……飲み物、なににしたんです?」
「梅です」
「梅? お好きなんですか?」
「ええ、まあ。なにより、今回のゲームがリバーシなので」
「……なにか関係があるんですか?」
「リバーシの発祥の地が、茨城県の水戸市であると言われてるんです。他にも、オランダとか東京なんて説もあったかな。でもいろいろ調べた結果、僕は水戸だと思ってるんです」
「ああ、水戸市といえば梅ですよね。……花のイメージですけど」
「それで、以前水戸に行った際に買ったものを」
「へえ。いろいろ知ってるんですね」
「とんでもないです」
「すごいですよ」ああそうだ、とわたしは続けた。「勝敗は……?」
「引き分けです。こんな結果は久しぶりです」
わたしは一枚ずつ石を数えた。「――三十一、三十二……。本当だ、すごい。ぱっと見でわかるんですか」
「慣れてくればわかりますよ」
「へえすごい。……また今度、付き合っていただけませんか?」
彼はぱっと明るく微笑む。「もちろんです」と言って、ふっと苦笑する。「最近、僕も相手してくれる人がいないんです。この対局も数日ぶりです」
「へええ。……あの塀に貼ってある紙がちょっと怪しく見られてるんじゃないですかね……」
「そうかもしれません」と彼は笑う。「でも、それでも相手をしてくださった方との出会いや縁は、特に大切にできる気がしましてね」
「ほう」
「特に、君との出会いは大切にしたい」
「ああ……わたしのこと、ご存じなんですよね」ごめんなさい、とわたしは頭を下げる。「わたし、全然覚えてなくて」
「いえ、とんでもない。無理もありません。久しぶりに会った人は皆言うんです、印象が変わったと」
「そうなんですね。えっと、差し支えなければお名前伺ってもいいですか……?」
「ナオです」
「ナオ? 漢字と苗字は……?」
彼は「そうだな」と穏やかに言った。ふわりと微笑む。「せっかくなので、秘密にしておきます。もしかしたら、君も僕を知っていたかもしれない。その場合、漢字や苗字を答えてしまえば、君はすぐに僕を思い出してしまう。なんだかもったいなくありませんか」
「……そうですかね。じゃあ、そういうことで」
「また遊びにきてください」と差し伸べられた手を、わたしは「よろしくお願いします」と握り返した。細く柔らかく、それでもどこか男性らしい手だった。
「いやあ、お疲れ様です」
「お疲れ様です。……飲み物、なににしたんです?」
「梅です」
「梅? お好きなんですか?」
「ええ、まあ。なにより、今回のゲームがリバーシなので」
「……なにか関係があるんですか?」
「リバーシの発祥の地が、茨城県の水戸市であると言われてるんです。他にも、オランダとか東京なんて説もあったかな。でもいろいろ調べた結果、僕は水戸だと思ってるんです」
「ああ、水戸市といえば梅ですよね。……花のイメージですけど」
「それで、以前水戸に行った際に買ったものを」
「へえ。いろいろ知ってるんですね」
「とんでもないです」
「すごいですよ」ああそうだ、とわたしは続けた。「勝敗は……?」
「引き分けです。こんな結果は久しぶりです」
わたしは一枚ずつ石を数えた。「――三十一、三十二……。本当だ、すごい。ぱっと見でわかるんですか」
「慣れてくればわかりますよ」
「へえすごい。……また今度、付き合っていただけませんか?」
彼はぱっと明るく微笑む。「もちろんです」と言って、ふっと苦笑する。「最近、僕も相手してくれる人がいないんです。この対局も数日ぶりです」
「へええ。……あの塀に貼ってある紙がちょっと怪しく見られてるんじゃないですかね……」
「そうかもしれません」と彼は笑う。「でも、それでも相手をしてくださった方との出会いや縁は、特に大切にできる気がしましてね」
「ほう」
「特に、君との出会いは大切にしたい」
「ああ……わたしのこと、ご存じなんですよね」ごめんなさい、とわたしは頭を下げる。「わたし、全然覚えてなくて」
「いえ、とんでもない。無理もありません。久しぶりに会った人は皆言うんです、印象が変わったと」
「そうなんですね。えっと、差し支えなければお名前伺ってもいいですか……?」
「ナオです」
「ナオ? 漢字と苗字は……?」
彼は「そうだな」と穏やかに言った。ふわりと微笑む。「せっかくなので、秘密にしておきます。もしかしたら、君も僕を知っていたかもしれない。その場合、漢字や苗字を答えてしまえば、君はすぐに僕を思い出してしまう。なんだかもったいなくありませんか」
「……そうですかね。じゃあ、そういうことで」
「また遊びにきてください」と差し伸べられた手を、わたしは「よろしくお願いします」と握り返した。細く柔らかく、それでもどこか男性らしい手だった。