扉の先は、入って右側の壁に様々な玩具が並んだ、濃い茶色や深い赤を基調とした空間だった。壁は茶色、足元には深い赤の絨毯が敷いてある。部屋に入って左側に、透明な椅子と机が置かれていた。

 「リバーシでしたね」彼が言う。「はい」と頷くと、彼は「どれにします?」と壁を見た。

 「どれ、と言いますと?」

 「リバーシの盤や石にも個性があって、触り心地や音、見た目も一つ一つ全然違うんですよ。お好みのものをお選びください」

 「ええ……いや、わたしそこまで詳しくなくて……。こういうのが好きとかもないんで。なんでも大丈夫です……」

「そうですか」と言うと、彼は「では夏らしい見た目のものにしましょうか」と、“魅せる収納”と言えそうな壁から、なにやら透明な盤と二本の筒を取った。

 「なに飲みます?」彼は壁から取ったものを机に並べながら言う。え、と発したのは、我ながら随分と間の抜けたものだった。彼は落ち着いた様子で言葉を並べる。「頭を使うと喉が渇きます。なにかお好みの飲料、ご用意致しますよ」

 「えっと、じゃあ……ココアとかありますか?」

 「ココア」彼はまたふわりと穏やかに微笑み、「少々お待ち下さい」と残して部屋を出て行った。

 静寂と残されたわたしは、くるりと体の向きを変え、壁の収納を眺めた。張り紙に書いてあったボードゲームの盤とトランプがずらりと並んでおり、なにより「将棋」や「将棋駒」と書かれた箱や、蓋を被った壺のような木製の入れ物が多く並んでいる。その数は、小さな博物館と見紛うほどだ。

 彼は静かに部屋に入ってくると、「お待たせしました」と優しい声を発した。

 「あの、この箱とか、入れ物ってなんなんですか?」言った後、わたしは壁に並ぶ物物に目をやった。

 「将棋駒と碁石です」彼の声の後、硝子が机に置かれる音が続いた。「将棋駒や碁石にも、皆――プレイヤーそれぞれに好みがあります。なので、対局前にお好みのものを選んでいただくようにしてるんです」

 「へえ……。えっ」わたしは彼へ、揃えた指先を向けた。「結構、拘ってらっしゃるんですか?」

 いやいや、と彼は手を振って苦笑する。「僕は全然。対局さえできればいいくらいに思ってるほどなので」

 「そうなんですね。なんか、ちょっとほっとしました。あまり真剣に向き合ってらっしゃる方だったら、なんかわたしなんかが対局を申し出たのが申し訳ないなって」

 「拘りなんて難しいことは置いておいて、好きならそれでいいんです」彼は穏やかに言うと、椅子に腰掛け、「どうぞ」とこちらを振り向いた。「失礼します」と会釈して、わたしは彼の前の椅子に着いた。