風呂上がり、わたしは濡れた髪の毛にタオルを被って、段ボール箱から茶色の袋を取った。台所に寄って冷蔵庫から五百ミリリットルペットの天然水を取り、テレビを見て笑う父に「お風呂空いたよ」と告げる。母は父とテレビを見ながら、アイスカップを手の中に包んでいる。

 私室に戻り、水を半分ほど飲んでふうと息をつく。持ってきた茶色の袋を開け、がさりと入った中身を一つ取り出す。細長い濃い茶色の物体には見覚えがある。チョコレートでコーティングされたようなものだ。コーティングするチョコレートはしっとりしているが、包まれたウエハースはさくさくしている。味は「コーヒーチョコ」と書かれているだけあって、チョコレートの甘みの中にコーヒーの香ばしさと心地よい程度の苦みがある。おいしい。ああ、確かにわたしはこれが好きだったかもしれない。“これ”が好きであると思い出しただけで、なんだか自分という人間を少し理解できたような気がした。新たにウエハースを口に入れ、一喜一憂という言葉を思い出す。少しすればまたなにかわからないことに出くわし、憂うのだろう。

 歯を磨いて戻り、ベッドに寝て天井を眺める。好きな物事、得意なこと、嫌い、苦手な物事。もしも高校二年の秋に友人に言われた“得意なこと”を続けていたなら、現状はもう少し違ったのだろうか。いやしかし、と当時は思ったのだ。仮に“得意なこと”を続けていたとしても、いつかはやめなくてはならない瞬間がくるに違いないのだと。不可抗力によって諦めるくらいなら、自らの意思で辞める方がまだ気分がいいと思った。しかし今では、辞める他の選択肢などないところまで上り詰めて辞める方がよかったとも思える。

 ああ、綺麗になりたい――。