本とそれを収納する棚しかないような部屋に、壁掛け時計が規則正しく音を刻む。白いソファには、男の紺色のダウンジャケットと、右下にスポーツブランドのロゴが入った学生鞄が放られている。
緑色のラグのに置かれた白い座卓の上、僕はチェス盤を観察し、黒のナイトを手に取った。マスに置くと、こつんと木材同士が当たる音がする。
「チェックメイト」
「まじかよ……」
僕はふうと息をついた。
「がばがばじゃん。もっと守らないと。それに、最初に同じ駒動かしすぎ。君の悪い癖。あれで何手無駄にしたかわからないよ」
「だってああもしなきゃ即試合終了じゃんか」
「僕がそうさせたからね」
「やっぱりそうか。じゃあどうしようもなかろう」
「そんなことはない。僕が君を動かすことができたように、君も僕を動かすことができる。ボードゲームで動かすのは駒だけじゃない」言いながら、僕は最後にキングを攻撃したナイトを取った。手の中で駒を回す。「相手が何度も同じ駒を動かすように仕向けていることに気づいたなら、君はそれを阻止しなくてはならない。守備から攻撃に、態勢を変えるんだ。相手の動きに飲まれたら――」僕はナイトを盤上に戻し、それと同時に「負けだよ」と締めくくった。
男は深く項垂れ、はあと息をついた。「そんで」と言いながら顔を上げる。
「今日はなにを奢れば?」
「……ピリ辛おかき」
「かしこまり。甘いもん飲んだり辛いもん食ったり、忙しねえやっちゃのう。つうかあのピリ辛おかき、ピリ辛の意味理解してないよな」
「そうかな。……もうちょっと辛くてもいいけど」
「ええ……お前味覚バグってんじゃねえの?」
「辛さを感じるのは痛覚」
「おっと、こりゃ恥ずかしい」
ただおりゃお前と違って無知なんじゃと言いながら、男はゆっくりと腰を上げる。小ぶりな財布を開いて、残念そうに長く息をついた。
「あーあ。さらば我が五百円玉だ」
釣り銭でジュース買おうと言いながら、男は歩み寄ったドアのその先へ消えていった。ドアが閉まるがちゃんという音が、少しうるさいほどに、僕と取り残された静寂を揺らした。
緑色のラグのに置かれた白い座卓の上、僕はチェス盤を観察し、黒のナイトを手に取った。マスに置くと、こつんと木材同士が当たる音がする。
「チェックメイト」
「まじかよ……」
僕はふうと息をついた。
「がばがばじゃん。もっと守らないと。それに、最初に同じ駒動かしすぎ。君の悪い癖。あれで何手無駄にしたかわからないよ」
「だってああもしなきゃ即試合終了じゃんか」
「僕がそうさせたからね」
「やっぱりそうか。じゃあどうしようもなかろう」
「そんなことはない。僕が君を動かすことができたように、君も僕を動かすことができる。ボードゲームで動かすのは駒だけじゃない」言いながら、僕は最後にキングを攻撃したナイトを取った。手の中で駒を回す。「相手が何度も同じ駒を動かすように仕向けていることに気づいたなら、君はそれを阻止しなくてはならない。守備から攻撃に、態勢を変えるんだ。相手の動きに飲まれたら――」僕はナイトを盤上に戻し、それと同時に「負けだよ」と締めくくった。
男は深く項垂れ、はあと息をついた。「そんで」と言いながら顔を上げる。
「今日はなにを奢れば?」
「……ピリ辛おかき」
「かしこまり。甘いもん飲んだり辛いもん食ったり、忙しねえやっちゃのう。つうかあのピリ辛おかき、ピリ辛の意味理解してないよな」
「そうかな。……もうちょっと辛くてもいいけど」
「ええ……お前味覚バグってんじゃねえの?」
「辛さを感じるのは痛覚」
「おっと、こりゃ恥ずかしい」
ただおりゃお前と違って無知なんじゃと言いながら、男はゆっくりと腰を上げる。小ぶりな財布を開いて、残念そうに長く息をついた。
「あーあ。さらば我が五百円玉だ」
釣り銭でジュース買おうと言いながら、男は歩み寄ったドアのその先へ消えていった。ドアが閉まるがちゃんという音が、少しうるさいほどに、僕と取り残された静寂を揺らした。