一度きりの人生だ、好きなことをして生きろ、とでも言いたげな物語だった。では、とわたしは思う。そのためにはなにをすればいい。誰しもそう生きたいと考えていることだろう。好きなことをして生きる。それほど望ましい人生などないだろう。ただ、それができないのはなぜかと考えたとき、わたしは毎度、そのほとんどの人間がその術を知らないからだという答えを出してしまう。世の創作物には、こうして好きに生きろと語るものが多い。ただ、その術を提供するものに触れたことはない。皆それが知りたいのではないか、と毎度思う。好きなことをして生きろ、楽しめ、たった一度の人生だ。耳に胼胝ができるほど聞いた語り掛けだ。

 わたしはため息をついて、二冊の本を手に席を立った。

 本を戻して自動ドアをくぐると、日中よりは少し涼しくなったと感じられなくもないような風が、静かに髪の毛を揺らした。

 部屋着のジャージに着替えてベッドに寝転び、はあと息をつく。好きに生きろ、楽しく生きろ、精一杯生きろ――。好きなことなど満足にできないようなこの世界で、いかにしてそうも煌びやかな人生を送れというのだろうか。

 少し考えて、創作物とはなんて一方的なのだろうと思ったとき、はっとした。考えてわからないことはない――。いつかから肝に銘じてきた言葉だ。考えてわからないことはない、あの煌びやかな人生を送る術も、考えればわかるのだろうか。それなら、わたしの考えがまだ足りないのだ。