「どんな服が着たいと問う、彼の芯のある優しい声が蘇る。もしも着るものを選べるのなら、わたしは、彼が今まで着ていたような、勇敢さと逞しさを透かすような、飾り気のない白い服が着たい。」――。

 わたしは本を閉じた。窓の外はすっかり夕陽に焼けている。

 「三色菫」。田舎の小さな喫茶店で出会った男女の物語だった。表紙はバーカウンターのようだと見たが、喫茶店のカウンターだったようだ。男は衣類のデザインと製作を仕事とする者で、女は自分に自信のない者だった。女は特に自らの容姿に劣等感を感じていた。男女は喫茶店で何度も会ううちに親しくなった。男はやがて女の劣等感について知ると、後日、少しだけ笑顔になれる魔法だよと言って、彼女に袋を渡した。中身は、彼が彼女のためにデザインと製作をした衣類だった。トップスは袖も丈も短く、ボトムスもボトムスで短いキュロットという組み合わせだったが、彼女の体型にはよく合うものだった。色気もまた、彼女に合う淡い暖色で仕上がっていた。次に喫茶店に行くとき、女はその服で家を出た。会った男に気に入ったと告げ、以来彼の作る服を着るようになる。男は自由奔放、不羈奔放な性格であり、自分の好きなこと、やりたいことのためならばなんでもするような気の強さを併せ持った人物だった。彼は女にかけた“魔法”を濃くした後、自らの夢の実現のために海を渡った。女はそんな男との日常を、「三色菫」と名付けた表紙の黄色いノートに記していた。