「僕も、高校で進路を考えるっていう頃から、やりたいことがなかったんだ」ナオさんは真面目な声で言った。そういえば先日、そう言っていたなと思い出す。

 「今は見つかりました? やりたいこと」

 「うん。高校を卒業して少しした頃かな、これなら楽に稼げそうだと思って、見つけた」

 「あ、仕事を見つけたってことですか?」

 「まあ、そうなるのかな。仕事なんて御大層なものだとは思ってないけどね」

 「なにしてるんです?」

 「サイトの経営と、敷地を駐車場として貸してるんだ」

 「へえ、そんなに稼げます?」

 「まあ」こんな生活ができるくらいには、と、ナオさんは軽く両手を広げた。

 「結構みたいですね」とわたしは笑い返す。「サイトの方は? 会員制みたいなことですか?」

 「そう。月額制」

 「へえ。結構会員さんいるんですか?」

 「まあまあ」

 「へええ。もしかしたら、わたしもそのサイト使ってるかもしれないですね」

 「どうだろうね」とナオさんは笑みを見せる。

 「君はどう? 大学生でしょう、これからのことは考えてるの?」

 「世話焼いてくれるんですか?」

 「まさか」とナオさんは両手を小さく振る。「そんな大役は引き受けないよ」

 「そうですか。ナオさんになら、いくらでも世話焼かれたいです。お説教も、誰かしらにされなきゃいけないんならナオさんがいいくらいです」

 「説教なんかさせなければいいんだ。先生でも、親御さんでも」

 「でも絶対してきますよね」

 「結構しつこいからね、ああいう人たちは」

 「本当です」とわたしは笑い返す。「でも、大丈夫です。わたし、やりたいこと見つかったんで。しかも、こうして大学生しないとできないこと」

 「ほう。素敵じゃない」

 「今、大学では哲学科にいるんですけど、それを極めます。ナオさんのおかげで、知ることと、教わることの楽しさを知ったからです」植物園での一日のおかげですよとわたしは挟んだ。「なので、今度は教える側に回ろうかなと。興味のある分野について知っていくのって楽しいんだよって」

 ナオさんはただ優しく微笑んで、「そうか」と頷く。

 「はい。それに、世の中、意外と好きなことをやっていられるんだと気づいたのもあります」

 わたし、今度は途中で諦めたりしません――。わたしは強く宣言した。

 世の中、意外と好きなことをやっていられる。これに気が付けたのもまた、ナオさんのおかげだ。彼が再会したとき、自由に生きていたからだ。好きなことをして、自由に生きることができる。彼はわたしに、それを全身で教えてくれたのだ。

 文学の静かな語り――。今回の返信には感じなかったが、今思えば、それは彼自身から感じているものだったのかもしれない。