「ああ。CD、どれもよかったです。なんかもう、それはそれは幸せな気分になりました」
「本当。それはよかった」
「チェロとかコントラバスとか、ああいう音ってなんなんでしょう。落ち着く――というだけじゃなくて、なんか魅力的。好みに合ってるというのもあるんでしょうけど」
「ああいう音は、落ち着くって感じる人、多いみたいだよ。なんでも、人間の声の波長に似てるかららしい」
「へええ。波長……音の揺れ方みたいなことでしたっけ」
「そんなところ」
「ナオさんは? 好きな楽器ってなんです?」
「なんだろう……管楽器かな。特にフルートが好き」
「わたし、フルートで演奏された花のワルツが好きです」
「ああ、綺麗だよね」
目が合い、ふわりと微笑むナオさんの真似をするように笑い返して、わたしは上体を後方へ倒し、適当な場所に両手をついた。
「わたし、ナオさんといる時間、大好きなんです」
「本当? 嬉しいな」
「なんか、穏やかな心地になるんです。今、気温はすごく高くて暑いのに、春の公園みたいな心地良さがあるんです。なんだかふっと気が楽になって、そのまま眠れちゃいそうな」
「僕も、君といる時間好きだよ。幸せな気になる」ナオさんはまりを投げ上げ、ぽんとそれを受け止める。「気が楽になる、というのも、わかる気がする。君といるときに感じるものが、そう表せるかもしれない」
「わたしも嬉しいです、ナオさんにそんなふうに思ってもらえて」
「君は、僕の憧れの人だから」
「そんなこと言ってくれますけど、わたしはそんなにすごい人じゃないですよ?」
「君は一途だ。僕はそうじゃない。ないものねだりのようなものだろうね。僕は君みたいに、一つのことを極めている人が好きなんだ」
言葉を返すのに、少し時間を要した。くしゃりと皺の寄った、ティーシャツの腹部へ視線を落とす。「わたしは……一つのことを極めてなんかいませんよ。あれやこれやと余計なことを考えて、辞めてしまいました」
「そうかもしれないけどさ。でも、新たに好きなものを見つけたでしょう?」
「え?」
「チェロとコントラバス。クラシックとジャズ」
「でも、演奏するわけでもないですし」
「好きならそれでいいじゃない。好きって、素敵なことなんでしょう?」
わたしはふふふと笑った。照れ隠しのようなものだ。「ナオさんの頭の良さには敵いませんね、変なことは言えたものじゃありません」
ナオさんも小さく笑った。
好きというのは、素敵。ナオさんは好きな物事があるわたしをそう見てくれたのだろうか。それならわたしは、ナオさんがいる限り素敵で在れると思った。彼との時間が、彼自身のことが、好きなどという言葉では到底足りないほど大好きなのだから。彼といると、もわんと髪の毛を揺らす夏の風は桜や菜の花の香りに、人より遥かに短い一生を精一杯叫ぶ蝉の声は、小川のせせらぎに変わるのだ。
「本当。それはよかった」
「チェロとかコントラバスとか、ああいう音ってなんなんでしょう。落ち着く――というだけじゃなくて、なんか魅力的。好みに合ってるというのもあるんでしょうけど」
「ああいう音は、落ち着くって感じる人、多いみたいだよ。なんでも、人間の声の波長に似てるかららしい」
「へええ。波長……音の揺れ方みたいなことでしたっけ」
「そんなところ」
「ナオさんは? 好きな楽器ってなんです?」
「なんだろう……管楽器かな。特にフルートが好き」
「わたし、フルートで演奏された花のワルツが好きです」
「ああ、綺麗だよね」
目が合い、ふわりと微笑むナオさんの真似をするように笑い返して、わたしは上体を後方へ倒し、適当な場所に両手をついた。
「わたし、ナオさんといる時間、大好きなんです」
「本当? 嬉しいな」
「なんか、穏やかな心地になるんです。今、気温はすごく高くて暑いのに、春の公園みたいな心地良さがあるんです。なんだかふっと気が楽になって、そのまま眠れちゃいそうな」
「僕も、君といる時間好きだよ。幸せな気になる」ナオさんはまりを投げ上げ、ぽんとそれを受け止める。「気が楽になる、というのも、わかる気がする。君といるときに感じるものが、そう表せるかもしれない」
「わたしも嬉しいです、ナオさんにそんなふうに思ってもらえて」
「君は、僕の憧れの人だから」
「そんなこと言ってくれますけど、わたしはそんなにすごい人じゃないですよ?」
「君は一途だ。僕はそうじゃない。ないものねだりのようなものだろうね。僕は君みたいに、一つのことを極めている人が好きなんだ」
言葉を返すのに、少し時間を要した。くしゃりと皺の寄った、ティーシャツの腹部へ視線を落とす。「わたしは……一つのことを極めてなんかいませんよ。あれやこれやと余計なことを考えて、辞めてしまいました」
「そうかもしれないけどさ。でも、新たに好きなものを見つけたでしょう?」
「え?」
「チェロとコントラバス。クラシックとジャズ」
「でも、演奏するわけでもないですし」
「好きならそれでいいじゃない。好きって、素敵なことなんでしょう?」
わたしはふふふと笑った。照れ隠しのようなものだ。「ナオさんの頭の良さには敵いませんね、変なことは言えたものじゃありません」
ナオさんも小さく笑った。
好きというのは、素敵。ナオさんは好きな物事があるわたしをそう見てくれたのだろうか。それならわたしは、ナオさんがいる限り素敵で在れると思った。彼との時間が、彼自身のことが、好きなどという言葉では到底足りないほど大好きなのだから。彼といると、もわんと髪の毛を揺らす夏の風は桜や菜の花の香りに、人より遥かに短い一生を精一杯叫ぶ蝉の声は、小川のせせらぎに変わるのだ。