彼の持ってきた二枚のアルバムを聴き終えると、体は途中より忘れていた呼吸を思い出して、一気に酸素を取り込み、しばし慌ただしく酸素を取り込み、全身へ巡らせた。

 「……すごい……」

 「お気に召したようで何より」

 「本当にすごいですっ。あのクラシックの一曲目に流れた曲を弾いてた楽器はなんですか? それと、ジャズのアルバムの三曲目に入ってた曲で、すごい目立ってた楽器も」わたしは興奮を抑えられないまま捲し立てた。ナオさんは穏やかに微笑む。

 「チェロと、ダブルベースかな」

 「チェロは聞いたことがあります。大きなバイオリンみたいな楽器ですよね。ダブルベースは……?」

 「コントラバス、なら聞いたことあるかな」

 「ああ、大きいバイオリンみたいな楽器ですね」

 「そう。好みの音だった?」

 「ええ、それはそれは。わたし、音楽を聴いて泣いたの初めてです。悲しい歌でうるっときたことはありましたけど、こんな、気づかないうちに泣いてたようなことは初めてです」

 「そうか。よかったら、その音の目立った曲の入ったCD、持っていく?」

 「えっ――」いいんですかと言い掛けて、声を飲み込んだ。「じゃあ、CDの題名とか、ジャケットだけ見せてもらっていいですか。せっかくなので、自分のが欲しくて」

 ナオさんは「わかった」と頷くと、機械から手早くディスクを取り出し、ケースに収めてかぱんと蓋を閉めた。二枚のディスクを手に扉の方まで歩くと、こちらを振り返り、「おいで」と手招く。その様は優しい兄のような、あるいはそんな父のような、またあるいは、美しくも不思議な世界へ(いざな)う妖精か神の使いかのようだ。