「ジャズとクラシックどっちがいい?」と訊かれて「クラシックで」と震えそうな声で答えると、ナオさんはなんでもないように機械を操作し、ディスクを読み込ませた。少しして、音が部屋の空気を繊細に揺らした。弦楽器の低音が身体の芯をも揺らすようだった。それはある種の快楽だった。

音が頭上や足元、左右と、体をかすめるように駆け抜け、背後で返ってきては耳に入り込んで、全身を巡って、そこで、弾ける。一音一音が中で弾ける度、わたしの体は感動と快楽に震えた。これを覚える直前まで感じていた金のにおいはすっかり消えていた。初めて聴く独創的なその旋律は、一音一音正確に、わたしの身体に記録された。高機能なカメラが被写体を正確に記録し、光や色の粒で本物を忠実に再現するように。

 気が付けば、ぽかんと口を開けたまま、頬を涙で濡らしていた。

 「すみません」と言って、わたしは慌ただしく腕で頬をこすった。その間にも、滑らかでキレのあるような、繊細で大胆のような音は、体の中で弾けた。

 「君のクラシックのキラーチューンはこれになりそうだね」と、ナオさんは気楽そうに言う。そして「僕も同じ」と、穏やかに続けた。