ナオさんについて行った先は、大きな音響機器と椅子のある、それだけの部屋だった。ただ、円盤が抱えた音を送る機械と、その音を受け取って可聴化する機械、蓄音機と、その前に、人工的なものか本物か、革張りに見える一人掛けの椅子だけがある。

 「すごい部屋ですね。オーディオルームってやつですか」わたしは部屋の中を見回しながら言った。

 「一人暮らしに必要なすべての資格を得し男のお金を散らした結果だよ」と、ナオさんは複雑に笑う。

 「すごい。え、でも、円盤? 音楽を記録したものはどこに……?」

 「別に保管庫がある」

 「もう『庫』って言っちゃった。部屋でもないんですね」

 「こういう生活も趣味の一つだからね」少し待っててと穏やかに残して、ナオさんは部屋を出て行った。このような強く金のにおいがする場所に一人取り残された緊張感と言えばなんと喩えようか。特別にと、極めて希少な宝石や、貴重な骨董品に触れさせてもらえる瞬間――脆弱な縄で繋がれた空腹状態の肉食動物の前でそれを挑発せぬようにしている――大金やそれに替えられるものの入った鞄を、しばし持っていてくれと言われて取り残された感じ――なんと言っても足りない気がしてしまうほどの緊張感だ。

 そんな緊張感にさらされていたものだから、ナオさんががちゃりと扉を開ける音にさえ心臓が止まりそうだった。部屋に入ってきたナオさんは、なにやら手に持ったCDかなにかのジャケットの裏を見ていた。

 「とりあえず、僕が初めて聴いたもの一枚ずつ」と、彼は暢気な様子で言う。わたしもここで聴くんですかと尋ねたくなったが、そうでなければここに連れてはこないだろうと思い直して声を飲み込んだ。