「ナオさんって、樹木が好きなんですね」

 「変わってるでしょう」と言う彼へ、「そんなことないです」と返す。

 「人でも物でも樹木でも、好きになれるって素敵じゃないですか」少し樹木が羨ましいですがという言葉は、寸前で飲み込んだ。

 「あの、ブナの樹でしたっけ。あれは、ナオさんの大切な樹ですか?」

 「うん」と、彼はすぐに頷いた。「美しいでしょう」

 「そうですね。美しい――ですね」

 そういえば、と思う。前に庭木のことに触れたときにも、彼は美しいだろうと言っていた。そういうことだったのかと合点がいく。

 「ねえ、ナオさん」

 「ん?」

 「知るって、どういうことですか?」

 「そうだなあ」と、彼は後方に倒した上体を両手で支える。「かつては義務とか存在意義とか、堅くて重いものだったけど。今は……」そうだな、と改めて言う。「趣味、かな。楽しいこと」

 「楽しいこと……」

 「うん」

 「わたし、ナオさんの話を聴いて、ジャズとクラシックに興味が湧いたんです」

 「本当?」ナオさんは少し嬉しそうに言う。「ええ」とわたしが頷くと、彼は「聴いてみる?」と優しく目を細めた。