落ち着いた彼女があくびをすると、「いいからいいから」と女子の声が聞こえた。知らない声だ。

 「いらっしゃいませー」と手芸部員の女子が気の抜けた声を発す。知らない声の聞こえた方には、どこかで見たことのある目があった。既視感とでも言おうか、知っているようで知らないような、複雑な感じがしたのだ。そんなものだから、その目が中野楓のものであると認めるには、数秒の時間を要した。

 「わお、岸根先輩だ」と、中野楓の隣にいた女子が言う。

 「本物ですよー」と手芸部の女子が言う。「僕の偽物なんかいるの」と彼女へ問うと、「そうじゃない」と、すぱっと返ってきた。

 兄は二人の女子へ視線を戻すと、吸い寄せられるように中野楓を見た。あの中野楓だ、というような、喜びのような気になった。