中野楓の姿を実際に見たのは、秋の文化祭でのことだった。兄は茶湯部と手芸部が一緒に開いた手作り和雑貨店「みづほ」にいた。店名は瑞穂国からきている。

 「いやあ、植物部がなにもやらなくてよかったよ。岸根君いなかったら茶湯部と手芸部がくっついたところでなにもできないからね」手芸部の女子部員が言う。胸のリボンの色を見るに同い年だ。長い髪の毛を幅の広いバンドで上げている。バンドは準備の段階で作った和柄のものだ。

 「植物部でも、珍しい植物の解説だとか植物の種とか苗の販売だとか、その二つを合わせちゃうとかいろいろ案は出たんだけどね。実らないどころか、発芽もせずに皆諦めちゃって。自分のクラスのに参加するとか、お客さんになるとか、中には受験勉強を進めたいとかで解散」

 「おかげでこちらみづほはまあ大繁盛確実ですよ。まあ、九割がた岸根君のおかげだろうけどね」

 「それはどうだか」

 「そう?」女子部員はふっと表情をやわらげる。「岸根君って、意外と普通に喋ってくれるんだね。なんか怖いイメージがあったから、茶湯部とやるってなったときには少し不安だったけど」

 「イメージ通りかもよ」

 「ええ? そうかなあ。でも、前見たときと印象違う気がする。実際に話したからとかじゃなくて、顔とか」

 「美意識は高くないよ」

 「そんなこと考えてないけどね」と彼女は笑う。「なんだろう、表情かな。前はなんか、とにかく怖かったの」

 「優しい顔してる人こそ怖かったりするよ」と兄が返すと、女子は「それもそうだね」と笑った。