「岸根君はさ、どんな女の子が好きなの?」ある放課後、隣で自転車を押すエリは言った。

 「……女の子に興味はない」

 「ふうん。ああ、王子様は特別な女性など絞らない、皆平等に特別な存在、ってこと?」

 「じゃあ、そういうことで」

 「ふうん。素敵男子だね。ちなみにわたしは、岸根君みたいな人、結構好きだよ。全然自信持っていいのに、そうしない。そうしないっていうか、自慢げじゃないって言うのかな。すごいのに控えめな感じ」

 兄はなにも言えなかった。すごくないと否定するのも、彼女の言葉を認めるのもできなかった。僕はすごくない、そんな人じゃない、心中を渦巻く言葉を声に直せたのは、増家を相手にしたときだけだった。

 「岸根君が人を馬鹿にしてるって、誰が感じ始めたんだろうね」

 「さあ」

 「でも、実際のところ、誰かを馬鹿にしてるというか、見下してるというか、そういうのは本当だったり?」

 「そう思う?」
 
 「うん。岸根君は、自分を認められてない気がする。すごいのに、自信も持ちたいのに、どこかでなにかがそれに歯止めをかけてるような」

 エリは兄の顔を覗いて、小さく笑う。「とどのつまりは、って顔だね」と同じように続ける。「岸根君が、みんなの言うように思ってる相手は、まさに自分なんじゃないかなって。それが滲み出てて、受け取るのが下手なみんなが、そういう印象を広げていっちゃったってところじゃないかな」

 「自分……」

 「認めてあげられてないでしょう」

 そうかもしれないと思った。皆は、僕を博識で優秀な人間と見ている。それを常に否定してきた。いや、でもどうだ。僕は果たして、本当に博識だろうか。いろいろなことを知っているだろうか。皆の方が、僕よりもいろいろなことを知っているのではないか。そうだ、僕は自分を認められないのではない。貼り付けた面の中を見られるのが怖いのだ。中身が面に追いついているか否か、わかっていないからだ。追いついていなかった場合は――ずっと恐れてきた瞬間が現実になるのだ。