ある日の放課後、兄は静かに息をついた。縦に並ぶ文字から、正面の席にいるエリへ視線を移す。

 「君、いいの?」

 「なにが? ミーは美少女だけど門限なんてないわよ?」

 「違う」と兄が返すと、エリは「突っ込んでよ」と苦笑する。「そこは『自分で言うほど美少女じゃねえよ』って」

 「少し前から、時折聞こえる」

 「幻聴?」

 「『岸根と岩谷って付き合ってんじゃね?』って」

 「あら、それは光栄ね」

 「僕なんかとそんな噂が囁かれれば、君にも弊害があるんじゃないの?」

 「弊害だなんて大袈裟な。なんでミーがユーと色恋沙汰になったらいけないのよ」

 「僕は人を見下す悪い男だ、そんな奴と一緒にいるなんて思われたら、君はあちこちで心配されることだろう」

 「そうかしら。それなら、ミーは堂々と答えて見せるわ。『わたしは岸根君が好きだから一緒にいるの』と」

 「そう」

 「その場合、害が及ぶのはユーの方じゃなくて? なに岩谷を誑かしてるんだって。ミーは人と円満な仲を築くのが得意だけど、自分の美貌ばかりはアウトオブカルキュレーション、計算外。男の子が放っておいてくれないの」

 「それは大変だ」と兄が言うと、エリは「だからさ」と笑う。「突っ込んでよ、わたし馬鹿みたいじゃん。至って普通な顔してながら美少女を自称してさ」

 「僕は君を不美人だとは思わない」

 「美人が普通の人に対してそういうこと言うと、どう捉えられるか知ってる?」エリは困ったように笑いながら言った。兄は続きを待つ。エリは人差し指と中指を立てた。華奢な白い指だ。「大体二択。嫌味か思わせぶりな人か、よ」

 「そう。まあ、僕には無縁な情報だ」

 「ユーは思い込みが激しいのね。自信持ちなさいよ。美少女を自称するミーを見て、どうしてそうもおとなしくいられるの? 普通、自然と自信持てちゃうものでしょう」

 兄はそっと息をつく。普通、か――。