学生時代の兄は、まるで災難と逆の磁力を持っているかのようだった。

 兄は自己肯定感や自尊心を低いままに中学校を卒業し、高校の入学式を迎えた。同じ中学校から進んだ者もいるが、それに増家や弟は含まれていなかった。高校生活に、兄は余裕を、増家は自転車か徒歩での通学を、弟は自らの能力に見合った刺激を求めたのだ。

 隣の席に、女子生徒がどかんと座る。染髪か脱色かわからないが、不自然な髪色の少女だ。右耳には黄色のハートのピアスが揺れており、その上を青と淡い緑色の石が飾っている。石についた棒はいずれも耳垂を貫いている。

 「岸根君だっけ。ユーは周りの同級生のことどう思ってるの?」

 「え、いや……どう……とも」

 「そう。まあ、それならいいんだけど。ユーも知ってるでしょ? みんな、ユーが周りをお腹の中で馬鹿にしてると思ってる。それって、その目つきとかが原因だとミー思うの」

 「目つき……なにかおかしいかな」

 「おかしいっていうか、冷たい。ドライな感じがすごい出てる。確かに、見方によっては馬鹿にしてるようにも見えなくもない」

 「そう」

 「諦めないでよ」と彼女は苦笑する。「笑ってみてよ」じっと向き合って、「ほら」と彼女は言う。「にこって。スマイルスマイル」

 兄が口角を上げて笑みを作ると、彼女は不満げに口を尖らせる。「ほら、笑ってってば。そんな口ぽかんとさせてないで」

 「……笑ってるはずなんだけど」

 「それで笑ってたら、世界中みーんな笑ってる。事件起きないわ」彼女は息をついた。「笑うっていうのはね、最低でも、にって口角を上げることを言うの。リアルのそれは、同時に目も細める」にこって、と言って、そのリアルの笑うを実演する彼女は、少し愛らしく見えた。

 「そんなギッてした目しないの。口角も下がってる。せっかく茶色の綺麗なアイズなんだから、目尻下げて笑うのよ。目尻は下げて口角は上げる。これがスマイル」

 「目尻を……」

 「下げて」と彼女は言う。「口角は……」「上げる」

 その表情を作って「こう?」と言うと、「それじゃクライングフェイスよ」と彼女は苦笑する。「そんな悲しく笑う人、儚げなイラストでしか見たことないわ」