「ちょっと悪い」と部屋を出た増家が持ってきた水を飲んで、対局を再開した。「そんなに嫌だったか」と、彼は茶化すように笑った。「顔真っ赤だ、ごめんな」と同じように続けた。

 「チェックメイト」。発したのは兄の声だった。「おお」と、増家は感心したように声を漏らした。「岸根すげえな。チェスもできるのか」

 「……でも、対局は初めて」

 「ええ、まじかよ。ド初心者に負けたのか、おれ。いや違う、お前がそれなりに経験のあるおれに勝ったんだ。すげえな岸根」完敗だ、と増家は笑う。

 「相手してくれてありがとうな」

 「僕も、放課後予定はなかったから」

 「そうか。ええ、にしてもお前、なんでこんな強いんだ?」

 「……対局の映像は観てた」

 「へえ、それでここまでやるのかあ。すごいな、本当に」

 「そんなことない」

 「謙遜しなさんな、自信持てって。いやあ、また暇なときに相手してくれよ」

 「……うん」