「君はどうなの、恋愛対象」

 「平凡だ」

 「そう。じゃあ言わない」

 「え、なにそれ。知らんうちに審査落ちてたんだけど」

 「言いたくないから言わないだけ」

 「ええ……。寂しいこと言うねえ」

 「なんでそんなに知りたいの」

 「仲良くなりたいじゃんか」

 「それでここに突っ込んでくる?」

 「いいじゃんか、斬新で」

 「斬新が過ぎる」

 「これ言い合えたらもう仲良し極まってるだろ」

 「段階を踏め、段階を」

 「そんなまどろっこしい人付き合いしてられっかよ」

 「君は当たって砕けるんじゃなくて当たって砕く人だね」

 「お、なにそれおもしろい。当たって砕く――いいな」

 「お気に召したようで何より」

 増家は一手を打つと、それが最善のものか不安になったのか、うーんと唸った。「おれはね、人間らしい女子が好きなんだ」

 「というと?」

 「喜怒哀楽の表現がはっきりしてて、最低でも人並みには食べて。まじめすぎず、程よくめんどくさがりで――って人。そりゃあ、いろいろあって感情を表に出すのが苦手だったりできなかったり、食べるのも手を抜くのも簡単じゃない人もいるだろうし、それを否定するつもりは微塵もねえけど、個人的にはこういう、人間らしい人が好き。まあ好きになった人がそうじゃなかったらもう、なんでもウェルカムだけど」

 「心の広い人だね、君は」

 「そうか? 好きな人だったらなんでも許せるだろ」

 「へえ」

 「岸根は? 絶対こうじゃなきゃ嫌って感じ?」

 「どうなんだろう……わかんないけど」

 「わかんない?」と増家は笑う。「自分のことだろ?」

 「そうだけど。僕は特殊なんだ」

 「特殊?」

 兄は深く息をついた。嫌になったのではない。決心したのだ。

 「僕は、好きになるのが人間じゃないんだ」

 「へえ」素っ気ない、とも言い表せそうな反応だ。驚くでも、拒絶するでも、関心を抱くでもない。「なにが好きなんだ?」

 「……樹。樹木」

 「へえ、木ねえ。どんなのが好きなの? 樹木ならなんでもってわけじゃねえだろ?」

 「大きくてしっかりした、簡単に描いた青々した樹、みたいな」

 「ほうん。じゃあ、たまに見る細くてつるつるしたようなのじゃなく、スツールが模すような切り株を残すような、はっきり年輪を刻んでくしっかりしたのがってこと?」

 「……うん……」

 「へえ、いいじゃんか。おれもモデルとか芸能人みたいに華奢な子より、平均はあってほしいから。存在感があってほしいってのはわかるぞ」

 兄はかーっと顔や体が熱くなるのを感じた。一昨年、ある樹に目を奪われたとき、なんだ木に見惚れてんのか、と笑われたのが蘇る。羞恥心は湧いた温泉のように止め処なく、兄は両手で顔を覆いたくなった。

 「教えてくれてありがとうな」と純粋に笑う増家へ、「誰にも」と声を返した。それが精一杯だった。「絶対」と無理に出した声は、微かに震えた。「言わない言わない」と、増家は宥めるように笑う。