玄関を出て、後輪を固定する車体から出る輪を解き、スタンドを上げる。あーあと弟が声を発す。

 「なんで教科書って学校に置いといちゃだめなんだろうな。昨日みたいに軽い日はいいけど、今日みたいに激重の日はまじで社会くらい置いとかせてほしいわ」

 「なんで社会?」

 「社会の教科書が一番重くね? 一冊じゃねえし」

 「国語も負けてない」

 「ああ……。じゃあ、文系科目の教科書は置かせてほしい」

 ああでも理科もいっぱいあるんだよなと小さく言う弟へ、「行こう」と声をかけて、自転車を押して敷地を出る。


 数メートル先の赤い光に、同時にブレーキを握る。キイと甲高い音が耳を刺す。

 「今日の夕飯なにかなあ」

 「……今食べたばかり」

 「まあね」

 弟はこちらを振り返ると、また穏やかに微笑んだ。「なに?」と返せば、「なんでもない」と返ってくる。「今日のおれは気分がいいんだ」


 「市立」の冠を被った、「東中学校」と刻まれたプレートを抱く校門をくぐり、弟とは少し離れた位置に自転車を置く。

 「2年1組」の文字を掲げる教室の前で弟と別れ、僕は「2年3組」の教室に入る。真ん中の列、後ろから二番目の自席に着き、窓の先を眺める。校門の先に植えられた大きな常緑樹を眺めるのが、僕が学校でする、唯一の少し楽しいことだ。