これほど一日が長く感じられたのは久しぶりのことだった。太陽はようやく空を橙に焼き、ベンチブランコの影の向きも変わった。自転車にまたがり、「じゃあな」と手を振る二人の友人へ、兄は精一杯の笑顔を張り付けて手を振り返した。

 カーキの家を離れてすぐの、行きの際に弟と別れた十字路で、弟に会った。

 彼は「ナイスタイミング」と嬉しそうに言うが、兄はそうは思えなかった。できることなら、静かに一人で家に向かいたかった。

 「なあ兄ちゃん、今日の夕飯、なんだと思う?」

 何気ない弟の声に、頭の中がざわざわした。テレビの砂嵐のような感じだ。それがやがて全身に広がり、兄は反射的にブレーキを握った。弟もそばに止まり、不安げに兄を呼ぶ。

 今日の夕飯――。わからないと言うことも、いい加減な料理の名を言うこともできなかった。普段なら容易いことが、あまりに難しく感ぜられる。相手は弟だ、知らないことやわからないことがあっても、なにも変わることはないはずだったが、このときの兄には、あまりの醜態を曝せば、彼さえ軽蔑するかもしれない、引くかもしれないと思えた。

 「……兄ちゃん?」

 どうしたの、と彼は兄の顔を覗き込む。「大丈夫?」と言うその純粋無垢な声に、兄は「大丈夫」と強く自らの声を重ねた。

 「そんなことないでしょ。なんかあったの? おれ、兄ちゃんのためならなんでもするよ。六年生に喧嘩売ることだってする。六年生なんかちっとも怖くない。『馬鹿』とでも『阿保』とでも言ってやる。おれ、足速いもん」

 兄は「大丈夫だから」と返して、ペダルを踏み込んだ。弟は、今度はなにも言わずについてきた。