ナッツは弟の友人の愛称で、カーキは兄の友人のそれだった。それぞれの家は、岸根家より三十分ほど自転車を漕いだ場所にある。「じゃあ目的地まで競走ね」と言う弟の声をきっかけに、兄弟はペダルを繰り返し、強く踏み込んだ。「兄ちゃん今日速い」と言う弟を振り返り、兄は「怜央が遅いんだよ」と笑う。

 目的地までにある最後の十字路を、兄は前に、弟は右に進む。直前、弟は「引き分けだね」と笑った。兄は「勝敗がついたためしがない」と苦笑した。

 カーキの家には、すでに、ともに遊ぶ予定だった友人二人がいた。庭で談笑していたカーキと友人との三人は、兄に気が付くと「おう」と手を挙げた。兄も同じように手を挙げる。「遅かったね」と言うカーキへ、兄は「怜央が準備遅くて」と苦笑する。「出たよブラコン」と、友人のうち一人が笑う。

「それでさあ」と、もう一方の友人が話を持ち直す。「なんでセバスチャンはああいう大事なときに逃げ出すんだろうな。せっかくかっけえのに、それが全部台無しにしちまってると思うんだよな」

 「ああ、それなあ」カーキが頷く。

 「え、セバスチャンかっこいいか?」と、黙っていた友人が言う。

 「なんの話?」と兄が言うと、三人は一斉に彼を見た。「エイアデだよ」とカーキは言う。

 「……エイアデ?」

 「エイダとアデラのフツマキタンだよ」

 「え、なにそれ」言った後、“エイダとアデラの祓魔奇譚”という文字が頭に浮かんだ。確か、この頃人気の物語であったはずだ。作品としての形はどういったものかわからないが、この頃、とにかく人気らしい。

 「うっそ」とカーキは言う。「奈央、まじでエイアデ知らねえの?」

 「ええ、今時エイアデ知らない人とかいるの?」、「え、大丈夫?」と友人らも続く。