メッセージを送ってきたのは……瀬名先輩だ。
『今日の十二時、図書室集合』。
 そのメッセージを見て、私は目を疑った。
 式が終わるのは十三時のはずなのに、まさか途中で抜け出す気なのだろうか。
 思わず『正気ですか』と返すと、『ちゃんと証書はもらう』と、答えになっていない言葉が返ってきた。
「はは……、やっぱり変な先輩」
 机に座りながら、私は口を手で隠して思わず笑ってしまう。
 瀬名先輩がもし忘れても、私、絶対に忘れない。
 自分の毎日に意味を感じたのは、間違いなく瀬名先輩がいたからだよ。



 昼休憩のチャイムが鳴り、私はそうそうに荷物を片づけて教室を出ようとした。
 早く、瀬名先輩に会いたい。そんな気持ちであふれている。
 卒業おめでとうございますと、直接言いたいから。
 しかし、ドアを開けた瞬間、なぜか今日に限って小山先生が現れて、私はドンと思い切りぶつかってしまった。
「おう、皆昼休憩入る前に、三十秒だけ集中して聞けー」
 私と同様、小山先生に教室内に戻された生徒は、ぶーぶーと文句たらたらな様子だ。
 私も今日に限っては早く教室を出たくて、小山先生の言葉なんかちっとも心の中入ってこない。
「ニュースでも知ってると思うが、近隣の学校で不審火が多発している。まだ犯人は捕まっていないとのことだが、大事を取って今日の部活動は一斉中止になった。皆、速やかに家に帰るように。以上」
 以上、の言葉を聞いた私は、すぐに教室のドアを開けて廊下に飛び出す。
 瀬名先輩に、会いたい。一秒でも、はやく……。
 遅い足で精いっぱい走って、まだ人どおりの少ない廊下を抜けて、図書館へと向かう。
 扉が半開きになっているのを見て、私の胸は心躍った。
 耳を澄ますと、かすかに“別れの曲”の演奏が体育館から聞こえてくる。
 まだ式が終わるには時間があるから、来賓の方々の挨拶のBGMとして流しているのだろうか。
 その曲を聴いて、瀬名先輩の卒業をよりいっそう噛みしめながら、私はドアノブに手をかけた。

 いつもどおり、図書室には古紙独特の酸っぱいにおいが充満している。
 整然と並んだ本棚を抜けると、風に舞いあがるクリーム色のカーテンの向こうに、瀬名先輩の長い足が見えた。
 窓のすぐそばに咲いている桜の花びらが、絶え間なく舞い込んで、窓付近の床を淡いピンク色に染めていた。