昼寝をしにきた俺にいっさい気づかず、集中して読書し続ける姿は、なにかその本の中に答えを探しているかのようだった。
 図書室の窓からは、ベンチでいちゃついているカップルや、スマホでふざけた動画を撮っている生徒が見下ろせる。だから余計、彼女が際立って見えた。
 どうやら、ひとつしたの後輩で、村主の隣のクラスらしい。村主曰く、桜木は教室内でも静かで「空気より目立たない」、「座敷童っぽい」と、言われているらしい。あまりにもな言われようだ。
 あの日、彼女と昇降口で出会ったのは、本当に偶然だった。
 そんな、世間にいっさい無関心そうな彼女のノートが、なぜクラスメイトの詳細プロフィールで埋まっていたのか。
 たとえば、ある女生徒の欄には下手糞な似顔絵と、『おしゃれで美人。圧倒的な発言力。私なんかは視界に入っていないはず。いつも楽しそうにチョコパンを食べている』と書いてある。
 理解ができなくて、一瞬恐怖心すら抱いた。と同時に、知りたくなった。
 俺と同じくらい目が死んでるのに、俺より人と関わっていないのに、なぜ、他人に興味があるのか。こいつは俺と同じような灰色の世界では生きていないのか。

 話を聞いてみたい。そう思って、俺は今、ノートを口実に彼女を図書室に呼び出している。
 なぜ図書室かって、単にこの高校で一番人がいない場所だからだ。
 古びた図書室の窓からは、白い空が見える。深夜から雪が降るらしく、さすがにベンチでいちゃつくカップルも今日はいない。
 ストーブのついていない図書室は、外にいるみたいに寒い。
「寒……」
 アイツ、もし来なかったらこのノートを全部データ化させて、教室内でエアドロップで画像撒いてやろうかな。
 別に来なかったら来なかったでそれでいい。百パーセント、明日にはどうでもよくなっているはず。
 窓際で腕を組みながら、あと一分待って来なかったら帰ろうと決意したそのとき、ドアがゆっくりと開いて、幽霊みたいに青白い顔をした桜木がこちらをじっと見ていた。
「……あの、ノート」
「ノートがどうした」
 こいつを見ていると、なぜかいらぬ意地悪を言いたくなってしまう。
 しばらく遠距離でお互い見つめ合い、俺が低い声で「こっち来い」と言うと、彼女は心底嫌そうな顔をしながら俯いて中に入ってきた。そして、早々に俯いたままの勢いで頭を下げた。
「お、お願いです。返してください。今日千円しか持ってないんですけど……」