なんとも切なげな表情で、瀬名先輩は鍵盤に手を添えながら呟いた。
さっきの演奏のあとのせいか、細く長い指がやたらと美しく見えて、私は少しどぎまぎしてしまう。
しばしの沈黙のあと、私は静かに問いかけた。
「……瀬名先輩にとって、お母さんはどんな記憶で止まってるんですか」
「え、放火魔」
「うう……」
間髪入れずにそう即答されたので、私は何も言えなくなってしまった。
どんな理由でお母さんがそんなことをしたかなんて、私には分かったことではない。
瀬名先輩の中で、お母さんの存在はただの犯罪者のようになっているのだろうか。
私が困ったような顔をしていると、瀬名先輩はまたぽろぽろとピアノを弾き始める。
「覚えてねぇんだよ、本当に。一家心中のときの記憶も、すっぽり抜けてる」
「心因性記憶障害って、言ってましたもんね……」
「まあ、そりゃショッキングだったんだろ。当時は。……でも、今俺にとって、母親は他人みたいなもんだ」
「そうですか……」
……母親は他人。
その言葉は、妙に自分の心情とリンクして、私は思わず俯いた。
私にとって……母親は他人に近いかもしれない。
そう思わないと、上手くやっていけないほど、距離ができてしまったから。
暗い顔をしている私に気づいた瀬名先輩が、核心を突くような質問をしてきた。
「……桜木は? どうなの、母親の存在って」
「え……」
「お前から、ばあちゃん以外の家族の話、一回も聞いたことねぇなと思って」
「だって、とくに話すこともないですし……」
「あ、仲悪い系?」
「いや、そういうんじゃなくて……。私が気にしすぎなだけで」
「気にするようなこと言われたんだ?」
瀬名先輩は、どうしてこんなに人の心の中にまっすぐ入ってくるんだろう。
なんの遠慮も躊躇いもないから、こっちが身構える前に言葉が胸に刺さってしまう。
誰にも聞かれたことのない質問をされて、私は固まった。
「はは、お前母親にも呪いかけられてんのかよ」
「先輩はいつも、なんでそんな直球でえぐってくるんですか……」
私は、歯に衣着せぬ物言いにダメージを受けながら、瀬名先輩のことを軽く睨んだ。
こんなこと、ばあちゃんにも踏み込まれたことはない。
自分の中で一番繊細な部分に触れられて、私は今すぐ逃げ出したい気持ちになった。
さっきの演奏のあとのせいか、細く長い指がやたらと美しく見えて、私は少しどぎまぎしてしまう。
しばしの沈黙のあと、私は静かに問いかけた。
「……瀬名先輩にとって、お母さんはどんな記憶で止まってるんですか」
「え、放火魔」
「うう……」
間髪入れずにそう即答されたので、私は何も言えなくなってしまった。
どんな理由でお母さんがそんなことをしたかなんて、私には分かったことではない。
瀬名先輩の中で、お母さんの存在はただの犯罪者のようになっているのだろうか。
私が困ったような顔をしていると、瀬名先輩はまたぽろぽろとピアノを弾き始める。
「覚えてねぇんだよ、本当に。一家心中のときの記憶も、すっぽり抜けてる」
「心因性記憶障害って、言ってましたもんね……」
「まあ、そりゃショッキングだったんだろ。当時は。……でも、今俺にとって、母親は他人みたいなもんだ」
「そうですか……」
……母親は他人。
その言葉は、妙に自分の心情とリンクして、私は思わず俯いた。
私にとって……母親は他人に近いかもしれない。
そう思わないと、上手くやっていけないほど、距離ができてしまったから。
暗い顔をしている私に気づいた瀬名先輩が、核心を突くような質問をしてきた。
「……桜木は? どうなの、母親の存在って」
「え……」
「お前から、ばあちゃん以外の家族の話、一回も聞いたことねぇなと思って」
「だって、とくに話すこともないですし……」
「あ、仲悪い系?」
「いや、そういうんじゃなくて……。私が気にしすぎなだけで」
「気にするようなこと言われたんだ?」
瀬名先輩は、どうしてこんなに人の心の中にまっすぐ入ってくるんだろう。
なんの遠慮も躊躇いもないから、こっちが身構える前に言葉が胸に刺さってしまう。
誰にも聞かれたことのない質問をされて、私は固まった。
「はは、お前母親にも呪いかけられてんのかよ」
「先輩はいつも、なんでそんな直球でえぐってくるんですか……」
私は、歯に衣着せぬ物言いにダメージを受けながら、瀬名先輩のことを軽く睨んだ。
こんなこと、ばあちゃんにも踏み込まれたことはない。
自分の中で一番繊細な部分に触れられて、私は今すぐ逃げ出したい気持ちになった。