こんなに怖がっているのに、律義に俺の言いつけを守ってちゃんと目を開けて頑張っている様子が笑える。
「な、なに笑ってんですか……?」
「こっち見んな」
「ていうか、案外瀬名先輩も怖いんじゃないですか。心臓ドキドキ言ってますけど」
「は? お前の音だろ」
「えぇ……、そんなはず……うわっ! 首飛んだ!」
 俺の腕の中で怖がったり騒いだりしている様子がおかしくて、愛おしい。
 なぜだろう。何も悲しくないのに、また胸が痛い。苦しい。
 桜木の存在が、自分の中でどんどん大きくなっていく。
 頼む、これ以上、大きくならないでくれ。
 俺はまだ、お前のこと、忘れたくねぇよ。
 今まで、こんなふうに思ったことはなかった。
 自分でも気づかぬうちに大切な人はできていたのかもしれないけれど、忘れたくないと思うことなんてなかった。
 全部を、諦めて生きていたから。
 だけど、今腕の中にある桜木の体温も、今一緒に観ている映画も、今までのこと全部無かったことになるなんて、考えたくもない。
 ……忘れたくない。忘れない。
 そう思った瞬間、俺はポケットからスマホを取り出して、フラッシュをオンにした状態で怖がっている桜木を撮った。
「ぎゃー! 何!? 何したんですか今」
 突然頭上から降ってきたシャッター音に、桜木はホラー映画を観ていたせいもあって、悲鳴を上げた。
「いや、ホラー映画観ながら写真撮ると、心霊写真になるって聞いたことあったからお前で試しただけだ。気にすんな」
「めちゃくちゃ気にしますけど……」
 つむじが撮れただけで、写真はブレブレだし、全然映りもよくない。
 だけど、俺はその写真を、今日から毎日SNSに撮りだめていくことを決めた。
 いつか村主にごり押しされて、アカウントを作らされたものの、面倒になり誰にも教えていなかったSNSアプリに、俺はその写真をぽんと投稿した。
 忘れないように、コメントも添えて。
『視聴覚室、映画鑑賞。怖がり過ぎなアイツ』。
 文章は、ただのメモのような一文。
 こんなことに意味があるかどうかはまったく分からないけれど、忘れたときに思い出す手掛かりになるかもしれない。
 俺はこの日はじめて、自分の記憶障害に本気で抗おうとしたのだった。
 そんな決意もつゆ知らず、桜木は口を両手で覆ってホラー映画を必死で観ていた。