俺は岡部の目をまっすぐ見つめたまま、冷めた口調で言い放つ。
「お前もう、俺に話しかけんな」
「……なんなの、意味分かんない」
「じゃあな、チケットも返すわ」
 岡部に渡そうとしても、断固として受け取らないので、俺は菅原に無理やり押し付けてその場を去った。
 記憶を保てない俺にとって、どんな人間関係も刹那だ。
 それなのに、どうして桜木をバカにされただけで、俺の心はこんなにも動くのだろう。
 心が動くほど、俺は彼女のことを忘れていくというのに。
 少し早歩きしただけで、すぐに暗いオーラを纏ったあのうしろ姿を見つけた。
 こいつどんだけ歩くの遅いんだよ。どうでもいいけど。
「桜木琴音」
 フルネームで名前を呼ぶと、彼女はゆっくりこちらを向いて、心底嫌そうな顔をしている。
 人目につく場所で俺に絡まれるのが相当嫌なんだろうと思い、俺は桜木の腕を掴んで資材室に連れ込んだ。
 真っ黒な遮光カーテンで光を遮られた資材室は薄暗く、わずかに漏れた光で足元がようやく見えるほどだった。
「び、びっくりした……、なんですか」
 桜木は突然腕を引っ張られ連行されたことに驚いているのか、俺の顔を珍しくしっかり丸い目で見つめてきた。
 思わずさっきのフォローをしなければと思い呼び止めたが、そういえば何を言うのかを忘れていた。
 薄暗い資材室にふたりきり。ドアの外からは、生徒が楽しげに昼休みを過ごす声が漏れ聞こえてくる。
「……何買ったの、パン」
「へ……? みたらし団子パンですけど」
「は? 訳わかんねぇパン買ってんな」
「何ギレなんですかそれ……」
 苦し紛れの質問に、桜木は訝しげに眉を顰めた。そりゃそうだ。今の俺はマジで訳がわからない。
「もしかして、さっき絡まれたこと心配してくれてるんですか?」
「そんな訳ねぇだろ」
 つい秒速で嘘をついてしまった。
 否定された桜木は、「そりゃそうですよね、人に関心ない瀬名先輩が」と言ってフッと鼻で笑った。
「みたらし団子パン、本当は食べたかったんですよね……? ひと口あげたら気が済みますか」
 こいつ、なめてんな俺を。
 俺がパンのカツアゲをしにきたと思い込み、桜木は紙袋からパンを取り出している。こいつは俺をいったいなんだと思ってるんだ。
 こんな気色悪いパン食いたいわけねぇだろ。どんなに腹減ってても食わねぇよ。