誰かのなにげない言葉が、胸の奥の奥まで深く刺さって抜けないことなんて、よくあることだろう。
 言葉は心を締め付ける呪いの力も、誰かを救う魔法の力も持ち合わせている。
 きっと誰しも、無意識に誰かを言葉で傷つけて、そして傷つけられて生きている。

 高校二年の冬。私は、もう誰にも傷つけられたくないし、誰も傷つけたくないと思ってせまい世界で生きていた。
 そのためには、ひとりでいるのが一番の方法だと思ったのだ。ただそれだけの話なのだけれど。
「あのな、桜木(サクラギ)。なんかあるなら言ってくれ。なんでも聞くから」
 ジャージ姿の男性教師が、ボールペンのノック部分でこめかみを押さえながら眉を顰めている。
 黒髪短髪の小山(コヤマ)先生は私の担任で、まだ年齢も若く、考えが近いお陰か親しみやすくてうちの学校ではなかなか人気がある。
 職員室の窓ガラスの向こうには、淡雪が降っている景色が見えて、空は白に近い灰色だ。
 この天気だから、今日は図書館に寄らずに早く帰ろうと思っていたのに、ひとりで任された日誌を職員室に届けに来たところ、小山先生に少し話があるから座れと言われてしまった。
 年季の入ったストーブで手を温めながら、私は何ごともなくサラサラと質問に答える。
「なんにもないです、本当に。学校楽しいです。実際毎日ちゃんと来てますし」
「たしかにな。ちゃんと来てはいる」
「先生はなにがそんなに不安なのでしょうか」
「高校生活は一度きりだからな。別に学校が嫌いじゃないのなら、もっとクラスメイトと交流してみたらどうだ。図書室通いばかりじゃなくて」
 大人になったらひとりで生きていくことは自由なのに、どうして学生のうちはこうも心配されてしまうのだろう。
 私は自分の意思で「ひとり」を選択しているのだと、十代のうちは分かってもらえない。