「それでもいい。教えて」
『う、うん……、分かった。送るから、切るね』
 そう言って、岡部は電話を切ろうとした。
 しかし、その直前で『待って!』と声を上げて通話を切るのを制す。
『あの子にもし会えたら、謝っておいて。いや、謝るのも唐突で変か……。今さらだけど反省してるって、伝えておいて! じゃあね!』
 それだけ言い残して、岡部は勝手に電話を切ってしまった。
 アイツもアイツなりに、琴音に対して後悔しているんだろう。
 俺も、琴音に対して後悔しかない。
 彼女はどんな想いで、俺の記憶喪失を受け止めていたんだ。
 きっと、たくさんたくさん傷つけた……。
 今さらどんな顔で会いにいったらいいんだ。さっきまで会いたい気持ちだけで行動してしまったけれど、かすかな不安があとを追ってくる。
 でも、それでも、動かなければならない。
 俺にはまだ、"時間"があるのだと、さっき言われたばかりだ。
 震えた手を片方の手で押さえつけて、俺は岡部から教えてもらった村主の番号に電話をかける。
 ……しかし、なかなか電話がつながらない。
 俺はスマホを握る手に力を込めながら、村主に届くよう念を込める。
 お願いだ。出てくれ。俺はまだ……琴音に伝えていないことがたくさんある。
 無機質なコール音が鳴り響くたびに、じわりと額に汗が浮かんでくる。
 電話を切らずに一分が過ぎようとしたそのとき、無機質な音が唐突に途絶えた。
『はい、もしもし。すみません、今電車で降りたところで……!』
「……村主か?」
 久々に聞いた村主の声は、なぜか焦った様子だった。
 電話が繋がった奇跡に、鼓動が速くなっていく。
『え……? 誰ですか』
「……瀬名です」
『瀬名って……もしかして、瀬名先輩……?』
 その問いかけに静かに「ああ」と答える。
 村主は、電話越しでもわかるくらい混乱している様子だ。
『なんで今連絡くれたの? もしかして、琴音のこと?』
「思い出したんだ。全部……。今さらだけど」
 そう答えると、村主は少し語気を荒くして、責め立てるように言葉を投げる。
『何それ……、なんで、琴音と一緒に大学行ったとき、全然思い出しもしなかったくせに』
「ごめん……」
 大学一年生のとき、村主と一度喫茶店で出会ったことがある。