知らなかった事実に、一瞬微笑ましくなったが、それと同じくらい切なさが押し寄せている。
『アイツの呪いが、いつか完全に解けますように』
『絶対忘れるな、明日の俺』
『なんとか思い出せた。今日はいつか行きたいと言ってた場所に連れていこう』
 何度も何度も自分の記憶と向き合って戦った記録と、その日感じたことが、短文で投稿されている。
 瞼の裏に鮮明にそのときの映像が浮かんできて、私は涙を止めることができない。
 何度も涙で手が止まりながら、私はほぼすべての投稿を見終えた。
 そして……、ついにさっきクラスメイトに見せられた、最後の投稿にいきつく。
 勿忘草を見に行ったあの日の写真。
 小さな青い花を摘んでいる私のうしろ姿が映っただけの写真。
 その写真に添えられた一言を見て、一気に嗚咽がこみあげてきた。

 ――『何ひとつ、忘れたくない』。

 投稿はそこで終わっていて、そして瀬名先輩のその思いはいとも簡単に火で打ち消されてしまった。
 瀬名先輩の思いが、記憶が、感情が、波のように心の中に流れ込んでくる。
 瀬名先輩、私も、何ひとつ忘れたくない。忘れないよ。
 きみと過ごした日々。そのすべてに、間違いなく意味があった。
 ねぇ、瀬名先輩。
 どんな人間だって、大切なこと、全部覚えてはいられないよ。
 人生を重ねることは、きっと忘れていくこととセットだから。
 毎日が人生の最後だと思って過ごさないと、忘れてしまう生き物だから。
「瀬名先輩っ……瀬名先輩、瀬名先輩、瀬名先輩……」
 もうあの日には戻れないけれど、瀬名先輩と過ごしたたくさんの"今"が、このスマホに詰まっている。
 私はそれを抱き締めて、生きていこう。……生きていかなきゃ。
 分かってる。だけど瀬名先輩。今は、泣いてもいいかな。
 瀬名先輩との思い出が、あまりに私の涙腺を刺激するから。
 忘れないよ。忘れられるわけがないよ。
 人は思い出でできているのだとしたら、高校生の私は間違いなく瀬名先輩でできている。
 きっと、大人になっても、おばあちゃんになっても、何歳になっても、思い出す。
 人生で最後に見る光の中に、きっときみはいる。必ずいる。
 ――だってきみは、私にとって、世界でいちばん優しい記憶だ。
 今、瀬名先輩の中に私がいなくとも、この先も思い出せなくても。
 私の胸の中で、いつまでも光り続ける。