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足首の怪我はだいぶよくなって、そろそろ部活に復帰しても大丈夫だそうだ。今日はその報告をしようと図書室に来たのだが──。
「当番任せちゃってごめんね。部活の大会近くてさ」
「こっちは大丈夫だよ。どうせ人も来ないし」
なんというタイミングの悪さだろう。河口の野郎と藤野美月が図書室の入口で何やら話している。しかも、なんだか仲良さそうだ。俺は咄嗟に廊下の角に身を隠し、二人の様子をそっと伺う。
「それと……ありがとね、河口くん」
「ん。俺で良ければいつでも話してよ。藤野さんは恩人なんだから」
「私は何もしてないよ」
「いやいや何言ってんの! 藤野さんに話聞いてもらってなかったら今の俺はないから! 俺藤野さん家の方角に足向けて寝らんないからね!」
「あははっ、大袈裟だなぁ」
二人とも何やら楽しそうだ。……藤野美月め。なんだよあの顔。あーあーあーあー。頬なんか染めちゃってさぁ。
「じゃあ俺行くわ」
「うん、部活頑張って」
「藤野さんもね」
「はーい」
ひらひらと手を振った藤野美月はアイツを切なげに見送った。河口の姿が見えなくなると小さく溜息をつく。……面白くない。非常に面白くないぞ。自分の眉間に力が入ったのが嫌でもわかった。
「オイ」
図書室の中に戻ろうとする藤野美月に声を掛けた。その声は驚くほど不機嫌だ。
「えっ、岸くん!? ……来てたんだ」
珍しく動揺したような彼女の様子に、俺の機嫌は更に悪くなる。
「今の河口だよな?」
「うん」
「二人で何話してたんだよ」
「いや……特になにも」
「何? また香里先輩の相談でもされたの?」
「え?」
俺は自嘲気味にハッと息を吐き出す。
「お前さぁ、いい加減にすれば? 自分の好きな人から彼女の話聞くんなんて嫌じゃねーの? しかもアドバイスまでするなんてバカみてー。お人好しにもほどがあんだろ」
どうしてだろう。さっきからイライラが止まらない。
「だいたい、」
「内容なんてなんでも良かったの」
「は?」
藤野美月の凛とした声が俺の話を遮った。
「どんな内容でも二人で話が出来るなら。私を頼りにしてくれるなら。それだけで本当に私、嬉しかったから。例え彼が……佐倉さんを好きでも」
迷いのない真っ直ぐな目が俺を見据える。俺はギリ、と奥歯を噛んだ。
「……ッカつく」
ぼそりと、でも確かに怒気を孕んだ声が出た。
「なんでもないみたいな顔しやがって。ほんとは全然そうじゃないくせに」
「岸くん……?」
「相談に乗ってるなんてただの偽善じゃねーか! 辛いくせにへらへらした顔すんな! 未練がましく背中なんて見つめやがって! ムカつくんだよそういうの!!」
あの切なそうな目が、紅潮した頬が、嬉しそうな笑顔が──全てアイツに向けられたものだと思うと、腹立たしくてしょうがない。
「そんな報われない想いなんてさっさと諦めろよ!!」
「今でも彼女を想ってる君に言われたくない。告白も出来なかったくせに」
「な、」
「それに!」
彼女は俺を睨むように見上げた。
「……諦められるもんならとっくに諦めてるわよ」
吐き捨てるように言うと、彼女はそのまま廊下を走り去って行った。俺は動くことも追いかけることも出来ず、ただ拳をキツく握る。
……何やってんだよ俺。彼女のこと傷付けて何してんだよ。あんな風に言うつもりなかった。だけど、自分の感情が抑えきれなかった。俺は香里先輩が好きだったのに。香里先輩の笑顔が欲しかったのに。なのに、
──藤野美月の笑顔を、俺だけの物にしたかったなんて。
「……バカじゃねーの、俺」
こんな、自分の心を掻き乱されような真っ黒い感情。嫉妬以外の何物でもないじゃないか。