上野駅で千鶴とわかれて以来、千鶴と過ごした一夜が幾度となく思い出された。いつしか良太の胸に願望がめばえた。もしも千鶴が妊娠するようなことになったら、無事に産んで育ててほしい。
良太はペンを手にしたまま、身ごもるかも知れない千鶴を想った。あれからの数日、良太は繰り返してはそのことを想ったのだが、そのたびに、妊娠を喜ぶ千鶴の笑顔が思いうかんだ。出雲の家族はこの手紙を読んで、どんな気持になることだろう。今の世情を思えば不安を抱くかも知れないのだが、それでも家族は期待するような気がする、特攻隊員として戦死する俺の忘れ形見を。
良太はペンを持ちなおした。
〈時間がありましたなら、明日も手紙や日記を書くことにしましょう。谷田部からは手紙と一緒に遺書を送りましたが、俺の遺書にふさわしいのは、むしろ日記帳に書いたことだという気がします。ここには学徒出身の要務士官がおりますので、日記帳や手紙を託して出雲へ送り出してもらうつもりです。〉
良太は書いた手紙を封筒にいれると、ふたたびペンをとって便箋にむかった。
良太は便箋を見ながら、千鶴のために書く最後の手紙になりそうだ、と思った。するといきなり、千鶴のあの表情が思い出された。上野駅での千鶴の悲痛な表情。
気を配ってはいたものの、千鶴と忠之には出撃を察知されたおそれがあった。そのことを気にかけながら航空隊に帰着したのであったが、鹿屋の宿舎で手紙を書こうとしたいま、あらためてそのことが気になった。
上野駅のプラットホームで語り合ったとき、不用意な言葉で千鶴に出撃を覚られたような気がする。あのときの千鶴の眼差と声を思えば、やはり、千鶴には察知されていたとしか思えない。そうだとすれば、あのとき、千鶴はどんな気持で俺を見送ったのだろうか。吉祥寺駅で忠之が涙ぐんだのも、やはり俺の不用意な言葉のせいだろう。
良太は千鶴の気持を想い、そして思い至った。千鶴は俺の出撃を察して恐怖に襲われたであろうが、むしろそれで良かったのではなかろうか。俺の出撃を察知していたのであれば、千鶴は心の内で永別の言葉を告げ得たはずだ。千鶴がくりかえした「私はだいじょうぶだから」という言葉。俺の胸に響いたあの声は、千鶴が俺に伝えようとした別れの言葉だ。出撃を覚られることなく、俺が一方的に心の中で永別を告げていたなら、千鶴はむろん忠之にも悔いを残すことになっただろう。気持ちを抑えきれなかった俺の未熟さが、どうやら幸いしたことになりそうだ。
千鶴はいま、どこで何をしていることだろう。谷田部で書いた浅井家への礼状を読んで、おれが出撃することを確認しているはずだ。どこで何をしていようと、千鶴は嘆き悲しんでいるのだ。
千鶴をなぐさめる手紙をすぐにも書きたかったが、その手紙には長い時間を要しそうだった。千鶴への手紙は後で書くことにして、忠之のためのノートを取り出した。
良太はノートを開いてペンをにぎった。
〈………三鷹でのこと、実にありがたく言葉に言いつくせぬ程に感謝している。千鶴もまた深く感謝しているはず。忠之よ本当にありがとう。
お前や千鶴の取り乱す姿を見たくなかったし、悲痛な別れ方をしたくなかったので、出撃のことは話さなかったが、別れ際でのお前と千鶴の様子を思うと、出撃することを覚られていたような気がする。今になって思えば、むしろそれで良かったのだという気がするのだが、俺の身勝手な気持だろうか。
今日ここから出した葉書にも書いたが、ここには昨日の午後に着いた。俺の出撃を知って、俺の家族はもとよりお前や千鶴がいかに大きな衝撃を受けるか、そのことを気にかけながら、今はこうしてノートや手紙に書きつづっているところだ。
今日は一緒に出撃する仲間たちと散歩にでかけ、辺りの景色を眺めながら雑談のひとときを過ごした。お前には信じがたいだろうが、仲間の冗談には思わず笑い声が出た。出撃を目前にしていながら、自分でも不思議な程に落ち着いてこれを書いている。
靖国神社を話題にしたとき、出撃に際して交わされる「靖国で会おう」という言葉は、気持を通い合わせるうえでの合言葉の如きものだと仲間が言った。軍とは関わりのない忠之にも理解できると思う。俺の隊にはキリスト教徒がいるのだが、その仲間ですら言うのだ。自分は靖国神社に祀られるつもりは全くないが、出撃に際しては靖国で会おうという言葉を口にするかも知れない。かく言う俺自身の気持を言えば、その言葉を残して出撃することになろうと、神社に留まるつもりは少しもない。神社の中に閉じこもっているより、俺の家族とお前や千鶴の気持にいつでも応えられるよう、宇宙の中で自由に羽ばたいていたいと思う。俺自身は靖国神社を必要としないが、家族にとっては靖国神社が俺の墓標の如き存在になるだろう。俺が英霊として崇敬されていることを確認できる場所にもなるだろう。それは俺の場合に限らないわけだが、キリスト教徒の場合にはどうであろうか。殉国の至情に燃えているその仲間のことを思えば、国に命を捧げた者のための象徴的な墓標は、靖国神社のほかにも必要ではないかと思う。日本人が過去を振り返り、未来を考えるためにも、空襲の犠牲者などをも対象にした、大きな墓標をしっかりと打ち建てるべきではないか。これを記しているうちに、俺はその実現を強く願うに至ったのだが、忠之はどう思うだろうか。
良太はペンを手にしたまま、身ごもるかも知れない千鶴を想った。あれからの数日、良太は繰り返してはそのことを想ったのだが、そのたびに、妊娠を喜ぶ千鶴の笑顔が思いうかんだ。出雲の家族はこの手紙を読んで、どんな気持になることだろう。今の世情を思えば不安を抱くかも知れないのだが、それでも家族は期待するような気がする、特攻隊員として戦死する俺の忘れ形見を。
良太はペンを持ちなおした。
〈時間がありましたなら、明日も手紙や日記を書くことにしましょう。谷田部からは手紙と一緒に遺書を送りましたが、俺の遺書にふさわしいのは、むしろ日記帳に書いたことだという気がします。ここには学徒出身の要務士官がおりますので、日記帳や手紙を託して出雲へ送り出してもらうつもりです。〉
良太は書いた手紙を封筒にいれると、ふたたびペンをとって便箋にむかった。
良太は便箋を見ながら、千鶴のために書く最後の手紙になりそうだ、と思った。するといきなり、千鶴のあの表情が思い出された。上野駅での千鶴の悲痛な表情。
気を配ってはいたものの、千鶴と忠之には出撃を察知されたおそれがあった。そのことを気にかけながら航空隊に帰着したのであったが、鹿屋の宿舎で手紙を書こうとしたいま、あらためてそのことが気になった。
上野駅のプラットホームで語り合ったとき、不用意な言葉で千鶴に出撃を覚られたような気がする。あのときの千鶴の眼差と声を思えば、やはり、千鶴には察知されていたとしか思えない。そうだとすれば、あのとき、千鶴はどんな気持で俺を見送ったのだろうか。吉祥寺駅で忠之が涙ぐんだのも、やはり俺の不用意な言葉のせいだろう。
良太は千鶴の気持を想い、そして思い至った。千鶴は俺の出撃を察して恐怖に襲われたであろうが、むしろそれで良かったのではなかろうか。俺の出撃を察知していたのであれば、千鶴は心の内で永別の言葉を告げ得たはずだ。千鶴がくりかえした「私はだいじょうぶだから」という言葉。俺の胸に響いたあの声は、千鶴が俺に伝えようとした別れの言葉だ。出撃を覚られることなく、俺が一方的に心の中で永別を告げていたなら、千鶴はむろん忠之にも悔いを残すことになっただろう。気持ちを抑えきれなかった俺の未熟さが、どうやら幸いしたことになりそうだ。
千鶴はいま、どこで何をしていることだろう。谷田部で書いた浅井家への礼状を読んで、おれが出撃することを確認しているはずだ。どこで何をしていようと、千鶴は嘆き悲しんでいるのだ。
千鶴をなぐさめる手紙をすぐにも書きたかったが、その手紙には長い時間を要しそうだった。千鶴への手紙は後で書くことにして、忠之のためのノートを取り出した。
良太はノートを開いてペンをにぎった。
〈………三鷹でのこと、実にありがたく言葉に言いつくせぬ程に感謝している。千鶴もまた深く感謝しているはず。忠之よ本当にありがとう。
お前や千鶴の取り乱す姿を見たくなかったし、悲痛な別れ方をしたくなかったので、出撃のことは話さなかったが、別れ際でのお前と千鶴の様子を思うと、出撃することを覚られていたような気がする。今になって思えば、むしろそれで良かったのだという気がするのだが、俺の身勝手な気持だろうか。
今日ここから出した葉書にも書いたが、ここには昨日の午後に着いた。俺の出撃を知って、俺の家族はもとよりお前や千鶴がいかに大きな衝撃を受けるか、そのことを気にかけながら、今はこうしてノートや手紙に書きつづっているところだ。
今日は一緒に出撃する仲間たちと散歩にでかけ、辺りの景色を眺めながら雑談のひとときを過ごした。お前には信じがたいだろうが、仲間の冗談には思わず笑い声が出た。出撃を目前にしていながら、自分でも不思議な程に落ち着いてこれを書いている。
靖国神社を話題にしたとき、出撃に際して交わされる「靖国で会おう」という言葉は、気持を通い合わせるうえでの合言葉の如きものだと仲間が言った。軍とは関わりのない忠之にも理解できると思う。俺の隊にはキリスト教徒がいるのだが、その仲間ですら言うのだ。自分は靖国神社に祀られるつもりは全くないが、出撃に際しては靖国で会おうという言葉を口にするかも知れない。かく言う俺自身の気持を言えば、その言葉を残して出撃することになろうと、神社に留まるつもりは少しもない。神社の中に閉じこもっているより、俺の家族とお前や千鶴の気持にいつでも応えられるよう、宇宙の中で自由に羽ばたいていたいと思う。俺自身は靖国神社を必要としないが、家族にとっては靖国神社が俺の墓標の如き存在になるだろう。俺が英霊として崇敬されていることを確認できる場所にもなるだろう。それは俺の場合に限らないわけだが、キリスト教徒の場合にはどうであろうか。殉国の至情に燃えているその仲間のことを思えば、国に命を捧げた者のための象徴的な墓標は、靖国神社のほかにも必要ではないかと思う。日本人が過去を振り返り、未来を考えるためにも、空襲の犠牲者などをも対象にした、大きな墓標をしっかりと打ち建てるべきではないか。これを記しているうちに、俺はその実現を強く願うに至ったのだが、忠之はどう思うだろうか。