・【関西弁みたいな見知らぬ女子】


「アタシは一香(いちか)や! 気軽にイッチンと呼んでやー!」
 明るく、まるで太陽のように笑う一香さん……いやまあ呼んでと言っている以上、イッチンと言ったほうがいいか。
「あの……イッチンって……何年生?」
 僕はイッチンのことを学校で見たこと無かったので、おそるおそる聞いてみると、イッチンは急に僕のほっぺたを手で挟むように、両手でパンと優しく叩くと、ほっぺたをムニムニ揉むように触りながら、
「おっ! そこの可愛いボーイ! イッチンと呼んでくれてノリ良いんやなぁっ!」
 僕は突然のことであわあわしちゃって、やられるがままほっぺたをムニムニされていると、後ろからデカい声が聞こえた。
「うぉぉおおおおおおおおっ! 理央ぉっ!」
 トールが物凄い足音で近付いてきて、イッチンの手を叩き落として、
「誰だオマエはっ! 理央に気安く触るんじゃねぇっ! この女めっ!」
 と叫んだ。
 するとイッチンはニヤニヤ笑いながら、
「おっ、BLやん、ええやん! ええやん! アタシも結構好きやで!」
 ここでいつの間にか僕たちのところまで来ていた博士がメガネを上げながらこう言った。
「BL、小生は、あまり、良くないです、ラブコメ部なので」
 あっ、何かヤバイ……このタイミングで、異質な”ラブコメ部”という言葉を言ったら、めちゃくちゃ聞かれるんじゃ、と思ったら案の定、
「なんやねん! ラブコメ部て! 漫画部ちゃうんかい! 何するんや! 何するんや!」
 そう言って腹を抱えてゲラゲラ笑い出したイッチン。
 いやまあ確かにそうなるけども。
 でもこうやってバカにされるとさすがに腹立つな……まあバカみたいな練習やっているのは確かだけども。
 と、思っていると、トールが拳に力を込めて、こう叫んだ。
「ラブコメ部をバカにするなぁっ! 俺たちをバカにするんじゃねぇぇぇええええっ!」
 その強い圧に、少し怖気づくかな、と思ったけども、イッチンのトーンは変わらず、
「いやホンマにラブコメ部なんや! なんやねん! めっちゃおもろそう! 参加させてや! それにぃ!」
 いつもの、女子に対してのトールならここで怯むのかもしれないが、今はかなり激高しているらしく引かず、
「よっしゃっ! やってやるぜっ! ラブコメ部の実力見せてやるぜぇっ!」
 博士も意志を強く持っているように頷き、
「あぁ、トール、理央、やってやろう」
 い、いやでも、もっとバカにされるだけでは、と脳裏をかすめたけども、この熱を止められることはできないだろうと思ったので、僕はこの空気にそのまま乗ることにした。
 どうやら場所はこのまま漫画部の、いや、ラブコメ部の部室で行なうらしい。
 壁というか本棚に向かって気合いを入れているトール。
 何か、鏡の前で自分に自己暗示を掛けるように「やれるっ!」「見せつけるっ!」とか言っている。
 この部室には鏡が無いから本棚に向かってだけども。まあ僕たちにとって鏡は本棚だからいいか。
 博士は何故か無駄に屈伸をして、膝を柔らかくしていた。
 いや!
「何で博士は運動するテンションなんだ!」
「逃げる、ことも、視野には、入っている」
「ダメだよ! というかここ部室なんだから守り切ろうよ!」
 そんな会話をしていると、イッチンが僕と博士の間に物理的に割って入ってきて、
「何かおもろい会話しとんなぁ! 何かこの部室気に入ってきたわぁ!」
 と明るく声を上げたと思ったら、急にニタァと粘着質に笑い、
「乗っ取ってやろうかなぁ?」
 その邪悪な笑顔に僕と博士は震え上がり、対面で立っていた僕と博士はそれぞれイッチンが視界に入らないように目を逸らした。
 すると、
「可愛いボーイを好き勝手イジくり回すのは、おもろそうやなぁ?」
 となんと僕の顔をホーミングするかのようにイッチンが近付いてきたので、何で博士のほうじゃないんだ、って思っちゃった。
 そんな時だった。
 トールが荒上げた。
「だから理央や博士に手を出すんじゃねぇっ!」
 僕も博士もイッチンもトールのほうを見ると、トールはもう顔を無駄に真っ赤っかにして、新陳代謝マックスみたいなツラをしていた。
 いや何で博士の屈伸もそうだし、ところどころ運動部みたいな勢いなんだよ、と思いつつ、トールのほうを見ていると、
「おい女っ、俺はトールだっ、今から俺はオマエを俺に惚れさせるっ」
 と言いながらイッチンのほうにじりじり近付いていった。
 イッチンもその異様さに少し怖気づいたみたいで、さっきまでの余裕そうな顔は消え、
「おっ、おぉ……やるやん……で、どこまで近づいてくるん?」
 少しずつ後ろに下がるイッチン。
 僕と博士は少し離れた。
 下がるイッチンに前へ出るトール。
 あっという間に、イッチンの背中は本棚にぶつかった。
 壁まで追い詰めたトールは言った。
「そんなつれない態度ばっかりとるんじゃねぇよっ」
 トールは髪をかき上げながら、イッチンを睨んだ。
 今日練習したアゴクイでいく気だっ!
 頑張れ! トール! 練習の成果を見せてやれ!
 と思ったその時だった。
 イッチンの背中はもう本棚に当たっているのに、イッチンがより強く後ろに下がった刹那、本棚がぐらぐらし出したと思ったら、イッチンを巻き込むように倒れてきて……!
 本が、というか漫画がザラザラーッとたくさん床に落ちていく音。
 でも良かった、大丈夫だった、本棚自体は僕たち三人で押さえたので、イッチンには当たっていない……はず。
 トール、博士、僕がそれぞれ言う。
「大丈夫か女っ、早くそこをどけろっ、本棚を起こすにはちょっと邪魔だからなっ」
「全く、もう、下がれない、状況だったろ、本棚は、女性と、一緒で、繊細、なんだからな」
「というかイッチン早く逃げて! いつ僕たちが手を滑らせるか分かんないんだから!」
 イッチンは俯いたまま、ササっとその場をどいで、そのスペースに、中央にいたトールが入って、本棚をぐっと押し込み、元に戻した。
 ふーっと一息ついたトールが、
「危なかったなっ」
 いやでも
「漫画が頭に当たったでしょ! イッチン大丈夫? 痛くない?」
「角は、マジで、痛いからな」
 と三人でイッチンのほうを見ると、顔を耳まで真っ赤にしたイッチンが、
「いやちゃうやん……この流れでカッコええとかナシやん……」
 とポツリと呟いたので、言われた僕たちのほうこそ、今度は首まで真っ赤にして全力で照れた。
 特にトールがもう見ているこっちが恥ずかしくなるくらいにかすれた照れ笑いを連発させて、
「ハハッ! ハハッ! まっ! まあなっ! うちらってやっぱカッコイイからなっ! ハハッ!」
 そのリアクションには噴き出して笑ったイッチンが、
「なんやねんそれ! カッコええちゃうんかい! アホやん!」
 それにトールがムッとしているのか何なのか、イマイチ分からない感情で、
「いいだろ別にっ! そういうこともあるだろっ!」
 と叫んだ。
 本当、どっちの感情なんだ。
 いやでも何か喜んでいるみたいだったからいいか。
 そして僕は漫画を拾って、本棚に戻そうとすると、博士が、
「そうだな、漫画部、なんだから、漫画に、誠意を、持って、片付けないと、ダメだな」
 と言って博士も漫画を拾い出したので、トールも、いや、イッチンもだ。
「アタシのせいでこうなったんやから、アタシにも手伝わせてやー」
 四人で漫画を片付けていると、イッチンが、
「いや男子はガサツやなー、順番通り入れりゃええねん」
 と言って漫画の順番を変えようとした時、漫画を片付ける僕の手とぶつかって、
「「あっ」」
 となったところで、博士がすぐさまホイッスルを吹いて、
「ラブコメ、ポイント、1点、先取」
 いや!
「そんなポイント無いでしょ!」
 僕がちょっと焦りながらツッコむと、イッチンが、
「いやこれは1点やな、アタシちょっとドキっとしたしっ」
 とイタズラっぽく笑った。
 それを見ていたトールは何か納得いかないように、
「理央ばかりズルいぞっ」
「いやズルくはないよ、というか最初のラブコメ部の感じはトールがやったんだからいいじゃないか」
「でも俺っ、避けられて結果本棚が倒れかけた一面もあるしっ」
 ここでイッチンがカットインしてきて、
「まあ確かに避けたんやけども鬼気迫る感じ、悪くなかったで」
 と言ってトールに微笑みかけると、やたら満足げにトールは頷いた。
 そのタイミングで、博士がまた笛を吹き、
「イッチンに、ラブコメ、ポイント、1点」
 それにイッチンが笑いながら、
「アタシばっか稼いでるやん! でもちゃうで!」
 と言って僕たちの顔をそれぞれ見た。
 いや
「一体何ですか?」
 と僕が聞くと、イッチンが満面の笑みを浮かべて、
「守ってくれた時点で全員にラブコメポイント100点満点やねん!」
 その屈託のない表情に僕たちは多分全員ドギマギしてしまった。
 おっ、おぉ、と、変な息を漏らしながら照れた。
 まあそんなこんなで本棚に漫画を入れ直した時に、博士が言った。
「改めて、ちゃんと、自己紹介、しておくか」
 そうだ、全然自己紹介していなかった。
 というわけで、こういう時は大体トールから喋りだす。
「俺は土方徹(ひじかた・とおる)だ! 気軽に伸ばしてトールと呼んでくれ!」
「小生は、葉加瀬海(はかせ・かい)、この知的な、見た目から、博士と、呼ばれている、この時の博士は、研究者の、博士で、発音してくれ」
「僕は潤井理央(うるい・りお)です、普通に理央と呼んでください。僕たち三人は同級生で一年生なんです。イッチンは何年生なんですか?」
「アタシは春田一香(はるた・いちか)や! というか理央、丁寧語ちゃうくてええで! アタシも一年生やし!」
 一年生……でも、同学年ならなおさら見たこと無い……何だろうこの違和感、何か、噂があったような……。
 でも思い出せない、あんまり交友関係広いほうじゃないから、というかトールと博士とばっかなので、学校の噂みたいな話は全然しないからイマイチ分からない。
 まあいいや。
 そんなことはどうでもいいとして
「じゃあ同学年同士、仲良くしましょう!」
「なんやねん、そのまとめ! 真面目やな! 理央は!」
 するとトールがやけに自慢げに、
「そうだぞっ! 理央は真面目で最高なんだぞっ! ちなみに博士は頭が良くて最高っ!」
 と言うと博士がホイッスルを吹き、
「トール、ラブコメ、ポイント、1点」
 そこへイッチンがすかさず、
「いや! BLやないか! 結局BLやないか!」
 そのバシッと入ったツッコミにみんなで笑いながらも、トールが少し不満げに、
「博士っ、それは良くないぞっ」
 と言った。
 何かこういうのも新鮮でいいなとか思っていると、イッチンが楽しそうにこう言った。
「じゃあ女子もいることやし、どんどんラブコメっぽいシーンやっていくで!」