ミルクで煮出した紅茶は紅茶の渋みを柔らかくミルクで包む。その割に香りは残していて不思議だと思う。もちろん、ミルクの香りもするのだけれど。
 須田はブレンドのコーヒーを頼んでいてその匂いもふんわりと、テーブルの上に広がる。

「それで」
「で」
「本題です」
「ん、さっきのは本題じゃない?」

 須田がカップの縁に口を近づけながら不思議そうに私を見やる。それも本題、そう答えるとホッとした様子で、そう、と言いながらカップに口をつけた。

「私、これ以上ない本気なんだけど、須田はどこまで本気ですか」
「……ん? 相川、言ってる意味があんまり……わからない」
「相川っていった! 言質とったぁあ!」
「くぁああ!」

 悔しがり頭を抱えるその目の前で、店主がさらさらと書いたオーダーのメモをぶんどる。今日のルールは須田が私のことを苗字で呼ばないこと。なんとも一方的なルールではあるが、須田が構わないと言ったのでそのまま進めたまでだ。それに人前で、名前を呼ぶとか今はまだ無理。絶対呼べない。
 以前からもたまにこういうやり取りをしているが、付き合いだしてからというもの、どうにも須田が、自分が出さねばと見栄を張るようになった気がしてそこが気に食わない。同じ学生で勉強とバイトに勤しんでいるのだから自分の飲食代くらい自分で出す。
 今回罰ゲームとしては折半か私のおごりだ。もちろんこの店での、飲み物に限るのだけれど。

「ふっはっは! ここの飲み物代は私が持たせてもらおう! 食べ物は頼んだら自腹だから」
「くっ、相川卑怯だぞ。どこまでが本題でどこからが仕掛けだったんだよ」
「全部本題でーす」
「……」

 心底悔しそうにしている須田に、ぺろん、と舌を出してウインクして両手でピースを作ってみれば、彼の目から光がスッと消えてしまった。
 たまに勝ち誇ったらこれだ。少しぐらい楽しみの余韻を下さい。……じゃなかった、これはいかんと内心焦って取り乱し、ひとまず謝りを入れ言い直す。

「……ごめん、今のはちょっと調子に乗り過ぎた。全部本題です」

 しゅんと項垂れると、そっか本題かとさして気にした風でもなく須田が、で? と話を続けるように言った。ちらっと覗くとさっきの呆れた様子はあの時だけだったらしい。ふぅ、ビビった。それにしても、すだのそういうとこときどきこわい。

「で、じゃなくて。須田は、その、家庭持ったり、家族養うとか、考えてる?」
「ひろみ」

 言い聞かせるように一音ずつをはっきりと呼ぶものだから照れくささと緊張が混ざって反応が遅れる。

「ん……?」
「重い!」
「へっ!?」
「俺らまだ学生で、稼ぐ身でもないからはっきり言えない。あと何年も話聞いたりこうやって会ったりはしてたけど、まだ付き合って一週間だから」
「それくらい私が本気ってことだよ!」

 それを聞いた須田が一瞬硬直する。ぱちりぱちりと瞬いて、重いため息を吐いて肩を落とす。

「このままじゃ来週あたりには親と対面? ないわ、だって俺見るからにパッとしないし」
「そんなことないよ! 真面目だし、意思はっきりしてるし、一途だし」
「ああ、うん。そういう風に見せてるだけだから。俺別に相川ほど陰で努力とかしてないよ」

 社交辞令に返すように手を軽く振って苦笑いを浮かべる。そんなことはないだろう、と思うのだけれど今まで見ていたわけじゃないしそこまでまだ須田のことを知っているわけでもないから断言はできない。

「うそ」
「うそじゃないですー」

 飄々とした返しにイラついて、そう言えばと浮かんだこの間のことを言ってみる。

「前に電話掛けた時、勉強してたって言った!」
「あの時はな。いつもしてるわけじゃないよ」
「……須田はそこまで私のこと好きじゃない?」
「どこからそんな話が。けど、あんまりがっついてて重いと逃げられちゃいますよって」
「それは困る……けどいいところはないから引き留められる要素もない!!」
「開き直り! まあ、逃げないけど。俺の心配は紘美が逃げないか、だけどな」
「なら大丈夫! と、思う……須田の本性がよっぽど酷いものじゃなければ」
「さて、それはどうでしょう」

 私がこれ以上は特に言えることもないと解ってか意味深に微笑む。おそらく言葉に詰まって何も言えなくなると思ってか、須田はカップを取って口をつけた。

「そういうのも、知りたい、から、今度泊りに行ってもいい?」

 一応本当に気恥ずかしくもあったし、照れもあって窺うように覗きながらぽそりと呟けば、須田がゴフッと零すまではいかなかったけれどむせていた。カップを置いてテーブルに備え付けてある紙ナプキンを取って口元やらテーブルの上を拭いていた。だからテーブルは濡れてないっての。

「あのな」
「別にナニがあろうとなかろうと、だよ!」
「そう言う意味だけどそういう意味でないと言うか」
「じゃあなに」
「人が口に物含んでる時にそういう話はやめてください」
「別に、泊りに行きたいって言っただけじゃん」
「だからそれが」

 須田でも付き合うとこういう話って焦るものなんだなと思いながら、これはちょっと反応が面白いかもしれないとからかいのネタになったはいいが、数回やると飽きてしまうしそれより先にいい加減にしろとおしかりを受けてしまった。すだ、おこるとおこわい。