その日、遊ぶ約束が入っていたのだけれど向こうの予定が変わったらしくドタキャンされた。服もメイクもばっちりだというのに、待ち合わせ場所にあと少しで着くと言う所で連絡が来た。
 正直、もともとそういう雰囲気のある人物ではあったから半分くらいはそうなるんじゃないかと思っていた。思ってはいたが、手を抜くことは許されない。そんな性格が、自分でも面倒だと思う。須田と会う時や連絡を取る時はそんなこと微塵も考えないのに。
 今は付き合っている相手もおらず、すぐに声を掛けて返事をくれる人なんて――と、こういう時に都合よく浮かんだ人物にためしにメッセージを送ってみることにした。

“時間が空いたから、話がしたい。”

 今日は普段通りなら、バイトに入っている頃かもしれない。休日だし、時給がちょっと高いとかなんとか。それ以外だって、彼は口では言わないにしても勉強に忙しいとやんわりと纏う空気が言っている。私だって別に遊んでばかりいるわけではないのだけれど、彼と比べると天と地ほどの差があるだろう。
 もちろん、すぐに連絡なんて来るわけがなくてつい、返事くらいしてよ、とぽつりと呟いてしまう。気付いたらと彼は言っていたのだから、きっと後になっても気付いたら連絡はくれるのだろう。
 いつにも増して連絡がこないか気にしてしまうのは、須田に抱いている気持ちに気付いたからだ。前以上に気になってしまう。
 どうにも気が治まらず、帰る気持ちにもなれなくて一人でふらふらと店を覗いて周った。

 須田ならこういうのが似合うかな。ふとそんなことを考えている自分が居たことに驚いて慌てて手にしていたシルバーのチャームを元の場所に置いた。ふるふると首を横に振ってもぽっと上がった熱はすぐには冷めない。
 ここのところの自分はどうにも彼の事を考えすぎではないだろうかと、ついなんだか彼の思惑というか手の上というか、そんな気がしてならない。
 後ろ髪が引かれて、ちらりとさっき置いたそれをみる。いつも下げている鞄になら、つけて貰っても主張は軽くさり気ないし、いいかなと。やっぱりそんなことを思いながら、その店に居づらくなって逃げる様に後にした。

 それからもふらふらと、雑貨だったり服だったりと見て回ったけれどどれもこれもピンとこない。
 合間にスマートフォンを出して確認はしてみるけれど既読もつかなければ返事もない。そういつもタイミングがいい訳ではないけれど、近頃の自分はやっぱりおかしいのだと思う。
 彼の反応、ひとつひとつに一喜一憂、というか浮かれている節がある。前までこんなことはなかったのに、と思いながらふと点滅を始めた信号機を見たついでに道路の向かい側が視界に入る。
 確かに予定は聞いてない。いつも何をしているかなんて、あまりしつこく聞いたこともない。今までもちらりとこぼす範囲でそうなのかと思うくらいで聞き出したいと思うことはなく、ふんわりと、こうじゃないかと彼の口から零れる些細な言葉から読み取っていただけ。
 どきりと心臓が跳ねる。
 メッセージを送っても、返事もなく、既読もつかなかったから勝手にバイトだと思っていた。視界に入った見慣れたシルエットは、間違えようがなかった。
 信号が変わって目の前を通り過ぎていく自動車がちらちらと視界を遮る。声に出ていたのか分からない。

「なんで?」

 信号待ちの向こう側。
 仲好さ気に会話して笑い合っているのは普段と同じようなシャツにカーディガン姿の須田と、セミロングの黒髪で眼鏡をかけている女性。おそらく、同い年くらいなのだろうけど、遠目に見ても美人だとわかる。けどあの子、どこかで見たことがある気がする。
 ふつふつと、おかしな気もちが湧いてくる。二人が並んでいる姿が、あまりにも自然で。
 自動車の流れがおさまって、信号が変わると聞き慣れたメロディーが辺りに響いて人の波が動き始める。立ち止まったままで、じっと見ていたからだろうか。どうしたのかと言いたげに振り向く人や苛立ちを向ける人が通り過ぎていくなかで、向こう側から歩いてきている彼女がふっと私を見た。首を傾げたのが分かって咄嗟に顔を逸らしてくるりと振り返り来た道を戻る。途中で横道に入り、その後も走り続けた。どうしてと浮かんだ疑問と彼女と目が合った恥ずかしさで一瞬のうちにぶわりと体中に熱が巡る。
 もしかしたら見られているかもしれないけれど、須田に見られたくなかった。泣きそうになっている自覚があって、その顔だけは、見られたくなかった。

 連絡がなかったのはあの子と居たからだ。
 たまたま一緒にいただけかもしれない。大学が同じだとか、友達だとか。
 だって須田は優しいし、すっぱりと竹を割ったような性格だし、思いやりがあって、私以外にだってきっと優しい。そんなことは分りきっている。分かってる、はずだった。
 何を勘違いしていたんだろう。私だけなんて、無意識に思っていたみたいだ。
 特別だなんて、そんなわけないのに。

 須田が、頼っていいよと言ってくれるから。
 なんて勘違い。
 男なんてみんなそんなもんだ。須田だって、そうじゃない訳がない。
 でもそんなことよりも。

「……私と居るより楽しそうだった」

 足を止めて、ぽつりと呟く。声にしたらいっそう自分の中にそれがしみ込んできて悲しくなった。私だってそれなりに付き合いがながくない、わけじゃない。それでも。

 あんな笑顔、たぶん見たことない。覚えがない。
 須田が笑ってくれる時は大抵、妹とか家族に見せるようなそれだったことしか思い出せない。

 それが一番悔しかった。