文化祭が終わった週末。佳乃は、緊張した面持ちでいつもよりも早くNotaを訪れた。
 今日は、アリスだけでなく、アルバとリウムも呼んで、蒼と付き合えることになったことを報告するつもりでいるのだ。
 前日に蒼に彼らに話してもいいかを確認すると、彼は快く承諾してくれた。むしろ自分も行ったほうがいいのではないかと言ってくれた蒼に、佳乃は首を横に振ったのだ。
 いつも出入りしているドアが、とても重々しいものに見える。ここで怖気づいてどうする。彼らのおかげで自分は蒼と恋人という関係になれたのだ。報告しなければ申し訳が立たない。
 大きく深呼吸をして、佳乃は扉を開く。
 アリス、ノエル、アルバ、リウムの四人がイートインスペースの座席で優雅に朝のお茶会を開いていた。
「おはよう、佳乃」
 いつものように穏やかに微笑むアリスに、彼女はうなずく。
「おはようございます。あの、今日は皆さんに大事な報告があって、集まってもらったんです」
 立ったまま、佳乃は真剣な表情で彼女ら四人の顔を見つめていく。
「無事に、倉木さんとお付き合いすることになりました。皆さんのおかげです。本当に、ありがとうございます!」
 丁寧に腰を折って、本当に感謝の気持ちのこもった声音に、四人は顔を見合わせ嬉しそうに笑った。
「よかったわ。ずっと気になっていたのよ」
 いたずらっぽく微笑むアリスに、彼女は苦笑する。
「はい。報告が遅れちゃってすみません」
「ヨシノ、おめでとう」
 アルバが穏やかな笑顔を浮かべて紅茶を飲む。佳乃は、とても嬉しそうに笑った。
「はい!ありがとうございます」
「今日はその彼はこないの?」
 きらきらと瞳を輝かせるノエルに、佳乃は首をかしげる。
「どうでしょう。とりあえず、この報告自体は自分でするって伝えただけなので、今日ここにくるかどうかはわかりません」
「なら、佳乃ちゃん呼んでくれない?彼に話を聞きたいの。お願い!」
 合わせた手のひらを顔の前に持ってきて頼み込むノエルに、彼女は苦笑混じりにうなずく。メッセージを送るくらいならいいだろう。
「連絡してみますね」
 端末を取り出し、メッセージを送ろうと緑色のアプリを開く。ノエルがそれを覗き込み、勝手に通話ボタンを押してしまった。コール音が鳴り響く。
「ノ、ノエルさん…!!」
「ふふっ、文字なんて焦れったいでしょ。口で言わなきゃ」
 悪びれませず言ってのけたノエルに、彼女ほ思わず非難の視線を向ける。
 と、コール音が途切れて、次に蒼こ声が聞こえてきた。
『もしもし、三鷹さん?』
「あっ、突然すみません倉木さん!あの、今日ってNotaにきますか?」
 それに、彼はおかしそうにくすくすと笑った。
『うん、というか…』
 カランコロンと、軽快なドアベルが鳴り響いた。
「もう来てるかな」
「えぇ…っ」
 おかしそうに笑っている蒼に、彼女は目を丸くする。
「ごめんね、やっぱり気になっちゃって。今更だけど、反対されたら嫌だなって思ったんだ」
 一瞬なんのことだか分からずに首をかしげて、すぐにその言葉の意味を理解する。そして、顔を赤く染めた。
「あ、えっと…皆さん、ちゃんとお祝いしてくれましたよ」
「そっか。ならよかった」
 ほっとしたように胸を撫で下ろして、彼は爽やかに笑って佳乃にそっと近づく。
「そういうことなので、これから以前よりもこの店に来ますね。よろしかお願いします」
「…まぁ、あまり店内で仲睦まじさを見せつけなければ、私は構わないわ」
 アリスが、言外にあまり店内でいちゃつくなと注意をする。
「わかりました。頑張りますね」
 にっこりと笑って返した蒼に、アリスは笑みを浮かべながらも心の中で思う。
(やっぱり、少し気に食わないわね。この子)
と。
 やはり無言で笑い合う二人に、佳乃は苦笑する。本当に、この二人は仲がいいのか悪いのかよく分からない。
 その時、再び軽快なドアベルの音が店内に鳴り響く。
 佳乃は、来店者をいつものように笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ!」
 今日も、とても不思議で忙しく、楽しい一日が始まりそうな予感に、佳乃はわくわくと胸を躍らせた。



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 いつからか、そんなチラシが世に出回っていた。