契約した場所から最も近い場所にある魔女や魔法使いたちの集落にたどり着いたアルバとリウムは、宿を探していた。
だが。
『うーん、なかなか見つからないね』
『そうですね…そもそも、この集落には魔女や魔法使いが少ないようです』
そんな会話が聞こえていたのか、二人に話しかけてきた少年がいた。
『うちは宿屋をやってますよ。よろしかったらご案内します』
その言葉に、彼らは顔を見合わせる。
『じゃあ、お願いしようかな』
ようやく集落まで来れたのだ。せっかくなので、野宿ではなくベッドで寝たい。
その返答に、少年はうなずき先頭を切って歩き始めた。
しばらくホウキでそれを飛んでいくと、ようやくあかりの灯る集落を見つけた。
そこに向けて彼女は徐々に下降していく。
無事に地面に着地すると、アリスが瞬きを一つして人の姿になった。長い黒髪がふわりと舞う。
『わ、アリス、人の姿にもなれるんだ。すごいね』
目を丸くするノエルに、彼女はおかしそうに笑った。
『ありがとう。さぁ、まずは宿を探しましょう。せっかく集落を見つけたんですもの、ちゃんとしたところで体を休めたほうがいいわ』
その言葉に、彼女はうなずく。これでは、どちらが主人なのかわからない。
苦笑していると、服の裾をぐいぐいと引かれる感覚がした。下を見下ろすと、小さな少女がじっと見上げている。
『どうしたの?』
少女と視線を合わせるためしゃがみ込んだノエルに、少女はにこにこと笑った。
『あたしのお家、お宿をやってるの。よかったら、ごあんないします』
難しい言葉を一生懸命に使って言う少女に、ノエルとアリスは顔を見合わせる。そして、うなずいた。
『じゃあ、案内してもらえる?』
こくりとうなずいて、少女は元気に先を歩いていく。二人は、そんな少女を微笑ましく思いながら後を追った。
宿につき、ようやくベッドの上に寝転ぶことができたアルバは、ふぅと一息つく。こうやってゆっくりできるのも久々だ。
『お疲れのようですね、アルバ様』
『…まぁね。ここら辺、あんまり街どころか集落すらもなかったから、ずっと野宿生活だったからね。でも、その分君に会えてよかったよ』
にっこりと微笑むアルバにはいはいと返事をして、リウムもベッドのそばに用意されたクッションの入ったカゴの中に入る。
『気持ちいい?』
『はい。なかなかに柔らかいです』
うっとりと目を細めるリウムに満足げに笑って、彼は少しずつ目蓋を閉じていく。
『…おやすみなさい、アルバ様』
そんな主人に、リウムは小さく言った。そして、リウムもまた、丸まって目を閉じる。
二人はすぐに意識を手放した。
案内された部屋に入って、ノエルはベッドに勢いよくダイブした。
『はしたないわよ、ノエル』
『いいじゃん、どうせアリスしかいないんだし』
それはそうなのだけど、と少し呆れたように笑うアリスの声に、ノエルは徐々に眠くなってきて目蓋を頻繁に開閉する。
『眠いの?』
『うん、少しだけ…』
言いながらも、すでに彼女の瞳は半分以上閉じている。眠りに落ちるのも時間の問題だろう。
『…おやすみ、ノエル』
『おやすみなさい、アリス』
それを最後に、彼女は意識を手放した。
数時間後、目を覚ましたノエルは薄暗い部屋の中からアリスの姿を探す。彼女は、猫の姿に戻りソファの上で丸くなって寝ていた。
アリスを起こさないようにそっと起き上がり、部屋を出る。
しばらく歩いていき、宿の外へ出た。すると、ガラの悪い数人の魔法使いたちがノエルに近づいてきた。
『ねぇちゃん、美魔女だなぁ。オレらと一緒にホウキでドライブなんてどうだい?』
それに、彼女はつまらなそうに顔を歪める。
『結構です。私はここら辺にいるというルチアを見にいくので』
先ほど少女に聞いた情報を思い出し、ノエルは外に出たのだ。
素っ気ない態度に、彼らは苛立ったように彼女の腕を掴んだ。
『おいおい、ずいぶんな態度だなぁ。オレらは楽しくやろうぜって言ってるんだぜ?』
勝手に肩を抱いてくる相手に、さすがに苛立ちを感じたノエルが杖を取り出しかけたところで、誰かがその魔法使いの肩にぽんと手を置いた。
『そういう風に無理やりデートに誘うのは、あんまり好ましい行為とは思えないな』
にっこりと、あくまでに穏やかに笑うアルバに、チンピラ魔法使いはめんどくさそうに顔をしかめる。
『あーあー、てめぇみてぇな弱そうなやつはすっこんでな。これはオレたちとそのねぇちゃんとの問題だ。痛い目見たくなけりゃ、さっさと消えるんだな』
パシリと肩に置いた手を払われて、アルバは虚をつかれたような顔をする。そした、ノエルに笑いかけた。
『ねぇ、そこの美魔女さん。このお兄さんはこう言ってるけど、君はどうしたい?』
それに、彼女は爽やかに笑った。
『まったくもって、この魔法使いたちには興味がないの。というか、私はルチアを見にいくつもりだよ』
『じゃあ、いっか』
そう言って笑って、彼は杖を取り出す。
『おうおう、やんのか兄ちゃん。てめぇみてぇな細っこいやつが、オレらに敵うのかぁ?』
同じように杖を取り出すチンピラたちに、アルバは軽く杖を振った。
『EXSUFFLO』
一瞬でそのチンピラが吹っ飛んだ。周りにいた数人の仲間が、文字通り目を点にする。
『魔法使いを見た目で判断してはダメだって、お母さんや先生に習わなかった?』
にっこりと笑うアルバに、彼らは頬を引きつらせた。まるで悪魔のような微笑みだ。
『すごい。あなた強いんだね』
楽しそうに笑うノエルに、アルバは照れたように笑う。
『ありがとう』
と、いつの間にかノエルの後ろに回っていたチンピラが、彼女を拘束する。
『どうだ、これで動けないだろう!』
下劣な笑みを浮かべるチンピラに、彼は冷ややかに赤い目を煌かせる。
『本当、いつの世も君のようなくだらない男はいるよね』
肩を竦めるアルバに、彼は怯えたようにぴくりと体を硬直させる。
アルバが杖を向けようとしたところで、ノエルが杖を軽く振った。
『Arbores hoc inhibere』
すると、たちまち地面から緑色の木が生えてきて、それがそのチンピラの体に巻き込んでいく。
『君も十分強いね。助け入らなかったかな?』
『いや、一人でやるよりも早く終わるから、助かったよ』
にっこりと笑うノエルに、彼は楽しげに笑う。これは面白いことになりそうだ。
そうして、その日の夜は二人でやけになって襲いかかってくるチンピラ共を蹴散らし、最後に少しやり過ぎてしまったため、地面に亀裂が入ってしまったのだ。バレると面倒だったので、その場をばっくれたのはいうまでもない。
宿に戻ったノエルとアルバは、二人で顔を見合わせて笑い合った。
『ふふふっ…あなた名前は?私はノエル』
『僕はアルバ。ふふ、君とならとてもいい友人になれそうだ。よろしく、ノエル』
手を差し出してくるアルバに、彼女も手を合わせる。
『よろしくね、アルバ』
こうして、二人はアリスとリウムの知らないところで友人となったのだ。
二人の話を聞き終え、アリスとリウム、佳乃は苦笑し、アダムはもはや何も言わずに額に手を当てていた。
「二百年前のあの集落での地面の亀裂の原因は、そなたたちのせいだったのか…」
後処理がどれだけ大変だったかと、彼は唸りを上げる。
「あはは、ごめんなさい」
つい、と付け加えるアルバに、アダムは目をすがめる。
「もう良い。そなたらには何も期待しないことにしよう」
嘆息して、やれやれと首を振るアダムに、二人は顔を見合わせ苦笑する。今まで内緒にしていた分、少しだけ罪悪感がある。
「多分もうしないから、許してくださいね」
「わかったわかった」
そう言って、アダムはゆっくりと立ち上がる。
「ワシはそろそろ魔法界に戻る。今日は、久々に楽しかったぞ」
佳乃に対して好々爺と笑うと、店のドアへと歩いていく。
「大長老様、主人が昔迷惑をかけたようですし、そのお詫びと言ってはなんですが、今日佳乃からもらったコーヒー豆を使って、オペラという、コーヒーとチョコレートの洋菓子を作ろうと思っているのですが、いかがでしょう」
アリスが穏やかに笑うと、彼は少し考えた末に、うなずく。
「では、せっかくなのでいただいていこう。そなたの作る洋菓子も、一度食べてみたいと思っていたのだ」
「…ねぇ、どうせなら、それ、魔法界に届けてあげれば?みんなでお茶会しようよ。もちろん、ヨシノも一緒に」
話を聞いていたアルバが、いいことを思いついたというようににっこりと笑った。
「それはいい考えだね!佳乃ちゃんはまだ魔法界に行ったことなかったよね?興味あるでしょ?」
ふふふと楽しげに笑うノエルに、佳乃はぱっと表情を明るくさせた。
「いいんですか!?」
「おい、ノエル、アルバ…」
アダムが途中で止めようとしたが、ノエルがそれを遮る。
「決まりね!早速準備を始めましょう」
もうこうなったら話は通じないことを知っているので、アダムはつかれたように眉を寄せた。
そんな主人に、アリスは苦笑混じりに嘆息して、オペラを作るために厨房へと姿を消した。
オペラを作り終え、全員の準備が完璧になったところで、アダムが杖を三回、店の前でついた。
すると、目の前に黒い渦のようなものが出現した。
「わぁ…」
初めて見る光景に、佳乃は声を漏らす。そんな彼女の手を、アリスがそっと掴んだ。
「佳乃、何が起こるか分からないから、私の手を離さないでね」
「わかりました」
緊張した面持ちで神妙に頷いて、佳乃はしっかりとアリスの手を握る。
「では、行くぞ」
それを合図に、六人はその渦の中に飛び込んでいった。
目を開けた先に広がっていたのは、枯れた木々とあまり豊かとは言えない土をした荒野だった。
「ここが、魔法界」
上を見上げると、紺碧の空にぽつんと一つ、丸い金色の月が浮かんでいる。
「人間界とは何もかも違うでしょう?」
「はい。でも、不思議と怖くありません」
隣にいたアリスに聞かれ、佳乃は頷きながらも笑った。
「ならよかったわ。さぁ、早速オペラをいただきましょう。チョコレートが溶けてしまうわ」
そう言うアリスに、ノエルが指をパチンと鳴らす。
目の前にお洒落な白い椅子とテーブルが出てきた。
「わぁ、素敵ですね!」
「ふふ、でしょ?」
きっちり人数分用意されたそれに、それぞれが座る。アリスが切り分けて、さらにオペラを盛り付けていく。
「ほぅ…これがオペラか。コーヒーのいい香りがするな」
物珍しそうにオペラを見つめるアダムに、佳乃はうなずく。
「実は、私もオペラを食べるのは初めてなんです。早速いただきましょう」
手を合わせて一口食べてみる。たちまち、口の中にチョコレートの甘さと、芳醇なコーヒーの香りが広がる。しっとりとした生地が、たっぷりとコーヒーを吸収していて、とても美味しい。
「すっごく美味しいです!さすがアリスさん!!」
絶賛する佳乃に、アリスは嬉しそうに微笑んだ。
アダムも口に含み、顔を綻ばせる。
「これは美味だな。甘さとほろ苦さが、見事に素材を生かしている」
「やっぱり、アリスのお菓子は美味しいわね」
頬を押さえて褒めたてる五人に、アリスは珍しく照れたように頬を染めた。
「ありがとう。喜んでもらえたなら私も嬉しいわ」
「あー、うちの子本当に可愛い」
変なスイッチが入ってしまった様子のノエルをスルーして、アリスは自分でもオペラを食べる。
「うん、なかなか美味しいわ」
「アリスさんがお菓子を食べているの、初めてみたかもしれません」
目を瞬かせる佳乃に、アリスはおかしそうに笑った。
「それもそうね」
「…私、これからももっと、アリスさんのいろんな姿を見ていきたいです。もちろん、ノエルさんも、アルバさんも、リウムさんのことも。知っていきたい、って思うんです」
穏やかに笑って、佳乃は話し始める。それに、四人は柔らかく笑った。
「「「「もちろん」」」」
仲睦まじい様子に、アダムは穏やかに笑ってそれを見守る。
どうか、この子たちに不安がふりかかりませんように。
そう、アダムは心の中で願った。
だが。
『うーん、なかなか見つからないね』
『そうですね…そもそも、この集落には魔女や魔法使いが少ないようです』
そんな会話が聞こえていたのか、二人に話しかけてきた少年がいた。
『うちは宿屋をやってますよ。よろしかったらご案内します』
その言葉に、彼らは顔を見合わせる。
『じゃあ、お願いしようかな』
ようやく集落まで来れたのだ。せっかくなので、野宿ではなくベッドで寝たい。
その返答に、少年はうなずき先頭を切って歩き始めた。
しばらくホウキでそれを飛んでいくと、ようやくあかりの灯る集落を見つけた。
そこに向けて彼女は徐々に下降していく。
無事に地面に着地すると、アリスが瞬きを一つして人の姿になった。長い黒髪がふわりと舞う。
『わ、アリス、人の姿にもなれるんだ。すごいね』
目を丸くするノエルに、彼女はおかしそうに笑った。
『ありがとう。さぁ、まずは宿を探しましょう。せっかく集落を見つけたんですもの、ちゃんとしたところで体を休めたほうがいいわ』
その言葉に、彼女はうなずく。これでは、どちらが主人なのかわからない。
苦笑していると、服の裾をぐいぐいと引かれる感覚がした。下を見下ろすと、小さな少女がじっと見上げている。
『どうしたの?』
少女と視線を合わせるためしゃがみ込んだノエルに、少女はにこにこと笑った。
『あたしのお家、お宿をやってるの。よかったら、ごあんないします』
難しい言葉を一生懸命に使って言う少女に、ノエルとアリスは顔を見合わせる。そして、うなずいた。
『じゃあ、案内してもらえる?』
こくりとうなずいて、少女は元気に先を歩いていく。二人は、そんな少女を微笑ましく思いながら後を追った。
宿につき、ようやくベッドの上に寝転ぶことができたアルバは、ふぅと一息つく。こうやってゆっくりできるのも久々だ。
『お疲れのようですね、アルバ様』
『…まぁね。ここら辺、あんまり街どころか集落すらもなかったから、ずっと野宿生活だったからね。でも、その分君に会えてよかったよ』
にっこりと微笑むアルバにはいはいと返事をして、リウムもベッドのそばに用意されたクッションの入ったカゴの中に入る。
『気持ちいい?』
『はい。なかなかに柔らかいです』
うっとりと目を細めるリウムに満足げに笑って、彼は少しずつ目蓋を閉じていく。
『…おやすみなさい、アルバ様』
そんな主人に、リウムは小さく言った。そして、リウムもまた、丸まって目を閉じる。
二人はすぐに意識を手放した。
案内された部屋に入って、ノエルはベッドに勢いよくダイブした。
『はしたないわよ、ノエル』
『いいじゃん、どうせアリスしかいないんだし』
それはそうなのだけど、と少し呆れたように笑うアリスの声に、ノエルは徐々に眠くなってきて目蓋を頻繁に開閉する。
『眠いの?』
『うん、少しだけ…』
言いながらも、すでに彼女の瞳は半分以上閉じている。眠りに落ちるのも時間の問題だろう。
『…おやすみ、ノエル』
『おやすみなさい、アリス』
それを最後に、彼女は意識を手放した。
数時間後、目を覚ましたノエルは薄暗い部屋の中からアリスの姿を探す。彼女は、猫の姿に戻りソファの上で丸くなって寝ていた。
アリスを起こさないようにそっと起き上がり、部屋を出る。
しばらく歩いていき、宿の外へ出た。すると、ガラの悪い数人の魔法使いたちがノエルに近づいてきた。
『ねぇちゃん、美魔女だなぁ。オレらと一緒にホウキでドライブなんてどうだい?』
それに、彼女はつまらなそうに顔を歪める。
『結構です。私はここら辺にいるというルチアを見にいくので』
先ほど少女に聞いた情報を思い出し、ノエルは外に出たのだ。
素っ気ない態度に、彼らは苛立ったように彼女の腕を掴んだ。
『おいおい、ずいぶんな態度だなぁ。オレらは楽しくやろうぜって言ってるんだぜ?』
勝手に肩を抱いてくる相手に、さすがに苛立ちを感じたノエルが杖を取り出しかけたところで、誰かがその魔法使いの肩にぽんと手を置いた。
『そういう風に無理やりデートに誘うのは、あんまり好ましい行為とは思えないな』
にっこりと、あくまでに穏やかに笑うアルバに、チンピラ魔法使いはめんどくさそうに顔をしかめる。
『あーあー、てめぇみてぇな弱そうなやつはすっこんでな。これはオレたちとそのねぇちゃんとの問題だ。痛い目見たくなけりゃ、さっさと消えるんだな』
パシリと肩に置いた手を払われて、アルバは虚をつかれたような顔をする。そした、ノエルに笑いかけた。
『ねぇ、そこの美魔女さん。このお兄さんはこう言ってるけど、君はどうしたい?』
それに、彼女は爽やかに笑った。
『まったくもって、この魔法使いたちには興味がないの。というか、私はルチアを見にいくつもりだよ』
『じゃあ、いっか』
そう言って笑って、彼は杖を取り出す。
『おうおう、やんのか兄ちゃん。てめぇみてぇな細っこいやつが、オレらに敵うのかぁ?』
同じように杖を取り出すチンピラたちに、アルバは軽く杖を振った。
『EXSUFFLO』
一瞬でそのチンピラが吹っ飛んだ。周りにいた数人の仲間が、文字通り目を点にする。
『魔法使いを見た目で判断してはダメだって、お母さんや先生に習わなかった?』
にっこりと笑うアルバに、彼らは頬を引きつらせた。まるで悪魔のような微笑みだ。
『すごい。あなた強いんだね』
楽しそうに笑うノエルに、アルバは照れたように笑う。
『ありがとう』
と、いつの間にかノエルの後ろに回っていたチンピラが、彼女を拘束する。
『どうだ、これで動けないだろう!』
下劣な笑みを浮かべるチンピラに、彼は冷ややかに赤い目を煌かせる。
『本当、いつの世も君のようなくだらない男はいるよね』
肩を竦めるアルバに、彼は怯えたようにぴくりと体を硬直させる。
アルバが杖を向けようとしたところで、ノエルが杖を軽く振った。
『Arbores hoc inhibere』
すると、たちまち地面から緑色の木が生えてきて、それがそのチンピラの体に巻き込んでいく。
『君も十分強いね。助け入らなかったかな?』
『いや、一人でやるよりも早く終わるから、助かったよ』
にっこりと笑うノエルに、彼は楽しげに笑う。これは面白いことになりそうだ。
そうして、その日の夜は二人でやけになって襲いかかってくるチンピラ共を蹴散らし、最後に少しやり過ぎてしまったため、地面に亀裂が入ってしまったのだ。バレると面倒だったので、その場をばっくれたのはいうまでもない。
宿に戻ったノエルとアルバは、二人で顔を見合わせて笑い合った。
『ふふふっ…あなた名前は?私はノエル』
『僕はアルバ。ふふ、君とならとてもいい友人になれそうだ。よろしく、ノエル』
手を差し出してくるアルバに、彼女も手を合わせる。
『よろしくね、アルバ』
こうして、二人はアリスとリウムの知らないところで友人となったのだ。
二人の話を聞き終え、アリスとリウム、佳乃は苦笑し、アダムはもはや何も言わずに額に手を当てていた。
「二百年前のあの集落での地面の亀裂の原因は、そなたたちのせいだったのか…」
後処理がどれだけ大変だったかと、彼は唸りを上げる。
「あはは、ごめんなさい」
つい、と付け加えるアルバに、アダムは目をすがめる。
「もう良い。そなたらには何も期待しないことにしよう」
嘆息して、やれやれと首を振るアダムに、二人は顔を見合わせ苦笑する。今まで内緒にしていた分、少しだけ罪悪感がある。
「多分もうしないから、許してくださいね」
「わかったわかった」
そう言って、アダムはゆっくりと立ち上がる。
「ワシはそろそろ魔法界に戻る。今日は、久々に楽しかったぞ」
佳乃に対して好々爺と笑うと、店のドアへと歩いていく。
「大長老様、主人が昔迷惑をかけたようですし、そのお詫びと言ってはなんですが、今日佳乃からもらったコーヒー豆を使って、オペラという、コーヒーとチョコレートの洋菓子を作ろうと思っているのですが、いかがでしょう」
アリスが穏やかに笑うと、彼は少し考えた末に、うなずく。
「では、せっかくなのでいただいていこう。そなたの作る洋菓子も、一度食べてみたいと思っていたのだ」
「…ねぇ、どうせなら、それ、魔法界に届けてあげれば?みんなでお茶会しようよ。もちろん、ヨシノも一緒に」
話を聞いていたアルバが、いいことを思いついたというようににっこりと笑った。
「それはいい考えだね!佳乃ちゃんはまだ魔法界に行ったことなかったよね?興味あるでしょ?」
ふふふと楽しげに笑うノエルに、佳乃はぱっと表情を明るくさせた。
「いいんですか!?」
「おい、ノエル、アルバ…」
アダムが途中で止めようとしたが、ノエルがそれを遮る。
「決まりね!早速準備を始めましょう」
もうこうなったら話は通じないことを知っているので、アダムはつかれたように眉を寄せた。
そんな主人に、アリスは苦笑混じりに嘆息して、オペラを作るために厨房へと姿を消した。
オペラを作り終え、全員の準備が完璧になったところで、アダムが杖を三回、店の前でついた。
すると、目の前に黒い渦のようなものが出現した。
「わぁ…」
初めて見る光景に、佳乃は声を漏らす。そんな彼女の手を、アリスがそっと掴んだ。
「佳乃、何が起こるか分からないから、私の手を離さないでね」
「わかりました」
緊張した面持ちで神妙に頷いて、佳乃はしっかりとアリスの手を握る。
「では、行くぞ」
それを合図に、六人はその渦の中に飛び込んでいった。
目を開けた先に広がっていたのは、枯れた木々とあまり豊かとは言えない土をした荒野だった。
「ここが、魔法界」
上を見上げると、紺碧の空にぽつんと一つ、丸い金色の月が浮かんでいる。
「人間界とは何もかも違うでしょう?」
「はい。でも、不思議と怖くありません」
隣にいたアリスに聞かれ、佳乃は頷きながらも笑った。
「ならよかったわ。さぁ、早速オペラをいただきましょう。チョコレートが溶けてしまうわ」
そう言うアリスに、ノエルが指をパチンと鳴らす。
目の前にお洒落な白い椅子とテーブルが出てきた。
「わぁ、素敵ですね!」
「ふふ、でしょ?」
きっちり人数分用意されたそれに、それぞれが座る。アリスが切り分けて、さらにオペラを盛り付けていく。
「ほぅ…これがオペラか。コーヒーのいい香りがするな」
物珍しそうにオペラを見つめるアダムに、佳乃はうなずく。
「実は、私もオペラを食べるのは初めてなんです。早速いただきましょう」
手を合わせて一口食べてみる。たちまち、口の中にチョコレートの甘さと、芳醇なコーヒーの香りが広がる。しっとりとした生地が、たっぷりとコーヒーを吸収していて、とても美味しい。
「すっごく美味しいです!さすがアリスさん!!」
絶賛する佳乃に、アリスは嬉しそうに微笑んだ。
アダムも口に含み、顔を綻ばせる。
「これは美味だな。甘さとほろ苦さが、見事に素材を生かしている」
「やっぱり、アリスのお菓子は美味しいわね」
頬を押さえて褒めたてる五人に、アリスは珍しく照れたように頬を染めた。
「ありがとう。喜んでもらえたなら私も嬉しいわ」
「あー、うちの子本当に可愛い」
変なスイッチが入ってしまった様子のノエルをスルーして、アリスは自分でもオペラを食べる。
「うん、なかなか美味しいわ」
「アリスさんがお菓子を食べているの、初めてみたかもしれません」
目を瞬かせる佳乃に、アリスはおかしそうに笑った。
「それもそうね」
「…私、これからももっと、アリスさんのいろんな姿を見ていきたいです。もちろん、ノエルさんも、アルバさんも、リウムさんのことも。知っていきたい、って思うんです」
穏やかに笑って、佳乃は話し始める。それに、四人は柔らかく笑った。
「「「「もちろん」」」」
仲睦まじい様子に、アダムは穏やかに笑ってそれを見守る。
どうか、この子たちに不安がふりかかりませんように。
そう、アダムは心の中で願った。