秒針の音がやけに鼓膜に響く。時刻を確認すると、布団に潜ってから一分も経っていなかった。現実的に考えればあれは夢か妄想だったのだろう。

 だけど俺はどちらも否定する。自ら叩きつけた額の痛みと、彼女が触れた唇の感覚がはっきりと残っているからだ。

 唇を指でなぞりながら、考えてみる。実際に俺は一瞬だけでも二次元の世界に行っていたのだろうけれど、どうやって行けたんだ? 腕を組みながら数分唸ってみたが、わかるはずもなかった。

 それに、愛の力が奇跡を起こしたのだと単純に考えた方が断然ロマンティックだ。

「ただいま……カナたん」

 見慣れた部屋で、柔らかくて動かない普段通りのカナたんに、ただいまの挨拶をする。返事はないけれど、俺にはちゃんと聞こえるんだ。

「おかえりなさい、直哉くん」

 穏やかに答える、カナたんの甘く優しい声が。