「ノート……貸してあげたのに……」

 思わず、走り出した足を止めてしまった。

「授業中も答え……教えてあげた……何度も、何度も……」
「うっ」

 こ、こいつ……良心に訴えかけてきやがった。
 やめてくれ、その技は俺に効く。

 ただでさえこっちは日頃から冷たい態度をとっては罪悪感に襲われているんだぞ、追い打ちをかける気か。

 背後からゆっくりと俺に近づく足音が聞こえてくる。まだ涼しい時期だというのに額から汗が噴き出てきた。

「そっか、私のことは助けてくれないんだ……私は助けてあげたのに……」
「そ、その手は卑怯だぞ……」

 俺の真後ろに立つと冬木は肩に手を乗せてきた。そして、耳元で悪霊のような声で「ブカツ、ガンバッテネ……」とひと言。

 ……これは、ああ。俺の負けだな。

「二十分……いや、十分で勘弁してくれ」
「やったあ! さすが誠くん!」

 こいつはあれか、俺の扱い方でも心得ているのか。
 まあいい……訳ではないが、諦めよう。