「あ、誠くん……」
「えーっと……」

 たまらず腕を引っ込め、なんと声をかければいいのか思索にふける。
 一方の冬木は慌てたように涙を拭った。いつものような明るい声で「おはよう、早いね!」と精一杯の笑顔を向けてくる。

 いくらなんでもその切り替えは無理があるだろう。

「あ、ああ、おはよう……早いな」

 何となく気まずくて、冬木から顔を反らしながら階段に腰を降ろした。心地よかったはずの硬く冷たい感触が、今はただただ冷たく感じられる。

 ……言えねえ。

 このタイミングで「もう俺に話しかけないでくれ」なんて言えるわけがない。

「春だけどやっぱり朝は冷えるね」
「そ、そうだな」

 冬木はまるで何事もなかったかのように隣に座ってきた。
 あっけなく会話が途絶え静寂が訪れる。
 冬木の表情は穏やかなものだったが、その瞳は明らかにいつもと違っていて、どことなく暗く濁っているような気がした。