疑心暗鬼な私に気付く気配もなく、その後もみなみちゃんは話しかけ続けてきた。どれも他愛もない簡単な会話、犬派か猫派か、キノコかタケノコかとか、そんな話題ばかり。

 それなのに、私は不安のあまり思ったように喋ることができない。

 みなみちゃんはそんな私を急かすこともなく、終始穏やかな表情で私を待ってくれていた。時折、スマホを見るばかりで全く喋ろうとしない誠くんを肘で突いては「誠はどう?」と話も振っていて、気配りができる人なのだと痛感する。

 聞けば、誠くんとは家が隣同士の幼馴染なのだとか。恋人ではないことに人知れず安堵した。

「誠ってば、少し目を離すとすぐ散らかすんだよね。手のかかる弟みたい」

 そう言って微笑むみなみちゃんは得も言われぬ安心感を私に与えてくれた。
 もしかしたら、いい人かもしれない。次第にそんな感情が芽生える。

 会話を重ねていくうちに、段々と私の警戒は薄れていった。
 上手く喋れなくても笑顔で待っていてくれる。私の言葉にうんうんと頷いてくれる。

 なんだかお姉ちゃんみたい。
 私はひとりっこだけど、もしお姉ちゃんがいたらこういう人がいい。

 気が付けばそんなことを考えるようになっていた。

「あ、もうそろそろ授業だね。私は一足先に教室に戻るよ。千歳ちゃんもまた一緒にお昼食べようね。あと誠は私から逃げないで」
「逃げたい……」

 階段を降りていくみなみちゃんに手を振る私の傍らで、誠くんが憂鬱そうに息をついていた。

「みなみちゃんのこと、嫌いなの?」

 率直な疑問をぶつける。

「いや、全然」
「そっか」

 一瞬にして会話が途絶えたけれど、それで充分だった。誠くんが嫌いじゃないと言っているのならそうなのだろうと疑うことなく納得できる。