一度、泣きながら屋上前に赴いたことがある。

「どうした?」

 あくまでスマホを見ながら、あくまで淡々と。けれどそれでも誠くんはそう言って私に声をかけてくれた。その時、喋る余裕もなかった私は涙ながらにひと言だけ「いじめられた」と告げた。

 会話はそれで終わり。慰められるわけでも、気を利かせて話を振ってくれるわけでもない。

 ああ、この人も他の子たちと同じように、知っていても守ってくれないんだ。そんな絶望や諦めにも似た感情を抱いたのを覚えている。

 しかし誠くんは他の子たちとは違った。
 私が泣きごとをこぼして以来、私がいじめられていると「こんなところにいたのか、行くぞ」と手を引いて連れ出してくれるようになった。

 私が靴を隠されて上履きで帰宅したときも、翌朝学校に着くと下駄箱に失くしたはずの靴があった。泥だらけで葉っぱもついていて、きっと裏庭の溝に捨てられていたのだろうと推測した。

 一体誰がこの靴を見つけてくれたのだろう。
 疑問ながらに教室に入るとすぐに誠くんが目についた。正確には、誠くんのズボンに目が向いた。

 汚れていた。私の靴と同じように泥だらけで、気が付いていないのか制服には何枚かの葉がついている。早起きしたのだろう、眠そうにあくびを繰り返しては目をこすっていた。

「誠くん、おはよう」
「おう」

 返答はそれだけ。いつものように冷たく、スマホから目を離すこともなく短調に。
 不愛想極まりない。だというのに、暖かった。

「……ありがとう」
「なんのことだか」

 他の子たちと同じなんかじゃなかった。