「ところでお前、名前は?」
「ち、千歳だよ」
「千歳……千歳……よし、覚えた」
「う、うん」

 受験生みたいな形相で何度も繰り返し唱える誠くんはやっぱり変な人だ。忘れないようにするためか、授業中も頻繁に隣から「千歳……千歳……」と聞こえてきて、それは少し怖かった。

 その日以降、私は隙を見ては屋上前に足を運ぶようになった。
 いじめは相変わらず続いていて、死にたいと思う気持ちにも変わりはない。けれど、屋上前でこっそり誠くんと会うのは楽しいし、救われたような気持ちになる。

 とはいえ、初めて話した時とは裏腹に、誠くんはとても優しいとは言い難い人物だった。

「……何見てるの?」

 熱心に眺めているスマホが気になって問いかけるも、

「テニス。フォームの確認」

 彼からの返答はたったのそれだけ。

 話くらいなら聞いてやるからと言っておきながら、いざ来ても全然話をしてくれない。何よりもテニスが優先、という感じ。

 はっきり言って、誠くんは冷たかった。

 初対面の時に私が泣いていなければ彼は私に声をかけることもなかったのだろう。そのまま知らんフリをしてやり過ごしたに違いない。

 たまたま私が泣いていて、その様子があまりにも惨めだったからつい声をかけた。しかし声をかけたのはいいものの、テニスより優先するつもりはない。彼の胸中はそんなところだろう。

 言ってみれば、私はただ同情されただけだ。
 哀れまれているだけと思うと、なんだか自分が情けなくなってくる。

 だけど、それでも私がここに来るのは、冷たいながらも誠くんが本当は優しい人だと知っているからだ。